【略して】檀君崇拝創始者は親日派【檀君親日スレ】

1 :香具山の光 [sage]:2006/09/01(金) 00:10:22 ID:0MXsF7WB
「まずはつかみの一発目。以下のスレの226から誤字を訂正して引用します。

『朝鮮古史の研究』(今西龍 国書刊行会)所収「檀君考」から 118ページから引用。
「明治二十七年、朝鮮は日本の援助の下に清国より独立し、同三十年には国号を大韓とし
王を皇帝に改め光武と建元せり。此未曾有の変革に当り、朝鮮人間には支那人たる箕子を
開国始祖としての尊崇は急劇に衰へ、之に反して檀君を朝鮮国民の始祖として崇拝するの風、
俄に熾んとなれり。日本人が天照皇大神を仰ぎ奉るものに比擬して、朝鮮人は檀君を仰がんとせり。
日露戦争後の変遷を経るや明治四十二年に至り、日本と提携して両民族の強大と福祉とを
増進せんことを冀求する朝鮮人は、王族貴紳門閥家を発起者とし神宮奉敬会を起し、京城の東の
安巌に神宮を建てんとせり。其会にて刊行せる神宮建築誌の記する文字に従えば、中央には
天照皇正殿を、左に檀君天皇正殿を、右に太祖高皇帝正殿を建てんとせり。太祖とは
李氏の太祖王なり」(引用終了。漢字を現行のものに改めた)

この話題だけで単独スレの価値ありと判断しましたので、
以下のスレから暖簾分けします。
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1123247354/
.【歴史】日韓諸問題統合スレッド【環境】part8 」
2 :RX-77安崎 ◆8vgyqvA3/A [sage]:2006/09/01(金) 00:10:39 ID:/FZigCgd
2get
3 :◆KAH/0vYY.w [sage]:2006/09/01(金) 00:14:57 ID:UgRfUdS7
3げ
4 :マッコイ商会 ◆AREA88.kSE [sage]:2006/09/01(金) 00:22:32 ID:iaW875Cd
こりゃ面白そうだ(0゚・∀・)
5 :マンセー名無しさん[]:2006/09/01(金) 00:24:18 ID:42RZQFNQ
【逆もまた】檀君迫害小学生は反日派【真なり】
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phumor&nid=7021
6 :香具山の光 ◆UqL5udaHS6 []:2006/09/01(金) 00:25:30 ID:feGUClN5
『朝鮮古史の研究』(今西竜 国書刊行会)所収「檀君考」から面白話をさらに続けます。
>>1の引用にある「神宮奉敬会」の「神宮建築誌」について
119ページから引用します。
「この書の李址鎔氏の序に曰く、
一本分以為萬殊、萬殊合以為一本、天理民彝自然而然者也、何者洪惟、我 檀君聖
祖誕降于初無君長之東方、以大聖之姿、肇帝王之業、与大日本 天照大神、生知大
化、友邦親睦、皇天眷佑、仍錫神聖、俾作君師、則 檀君建邦於朝鮮、天照皇開国於日
本、聖神継縄、一姓相伝、式至今日、我邦則国号沿革、関於気数、而逮我 太祖高皇帝、
檀祖隲、夢授金尺、浄掃妖気、剏業垂統、佑我萬億年無彊之基、然則 檀祖相伝、亦
至今四千二百余年(下略)」(引用終了。漢字は現行のものに改めたり改めなかったり(汗))

李太祖が夢で神人から金尺を授かったというのは鄭道伝の夢金尺の詩序が典拠ですが、
そこにでてくる神人が檀君であるという根拠はなにもないそうです。この神宮建設の
ことは沙汰止みになったそうですが、私としては檀君崇拝を始めた人たちが檀君と
天照大神とを並べて(というか、どちらかといえば天照大神の方を格が上だとみなして)いたという
事実をお見せするのが目的でした。
7 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/01(金) 00:31:16 ID:feGUClN5
>>6はトリを間違えました。こちらが正しい(はず)
>>1にURLを貼った元スレ261の娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA先生の書き込み
から>>6の漢文の書き下し文を引用します
「一本分かれて萬殊と為り、萬殊合して一本と為る。
  天理民彝は自(おのづか)ら然(しか)うして然る者
  なり。何となれば、洪(ひろ)く惟(おもん)みるに、
  我が檀君聖祖、初めて君長無き東方に誕降し、
  大聖の姿を以て帝王の業を肇(はじ)む。大日本
  天照大神と、生(あ)れましながら大化を知ろしめし、
  友邦の親睦、皇天の眷佑、仍(よっ)て神・聖を錫し、
  君師を作らしむ。則ち檀君は邦を朝鮮に建て、
  天照皇は国を日本に開く。聖・神縄を継ぎ、一姓
  相伝して、式今日に至る。我が邦は則ち国号沿革、
  気数に関はり、而うして我が太祖高皇帝に逮(およ)
  んで、檀祖夢に隲(のぼ)りて金尺を授け、妖気を
  浄め掃ひ、業を剏(はじ)め統を垂らし、我が萬億年
  無彊の基を佑(たす)く。然れば則ち檀祖相伝して、
  亦(ま)た今に至るまで四千二百余年…。 」
8 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/01(金) 00:34:38 ID:feGUClN5
http://homepage1.nifty.com/tkawase/osigoto/shinden.htm
こちらの宗教学者の論文から孫引きですが、
朝鮮総督府中枢院編『心田開発に関する講演集』(一九三六年二月発行)所収の
李能和「朝鮮の固有信仰」という文章には以下のようにあります。
「只今の朝鮮一般民衆の信仰の対象としましては、宗教として李太王の光武年間に、
鄭薫謨(尚生存)、兪鎮九、李祐馨という人々が、檀君教を剏立し、府内の鳳翼洞で、
李海承侯爵を大教正として之を信仰して居ります。而してこの教を京城神社か朝鮮神宮
(当時はまだ出来てゐなかつたのであります)の内地人側の神社と提携し、神宮奉敬会と
いふやうな機関を設け、天照大神を兄とし、檀君を弟として祀り度いと言ひ出したのであります。
之が所謂檀君教の始めであります。
次の羅普i幼名寅永)、呉赫といふ人々が、大?教を剏立し、檀君を宗教的に崇敬したのであります。
(辞典に?とは上古の神人と書いてあります)其の後大?教の方が、檀君教よりも盛になり、
信者も多く相当な学者もおりましたの で、書物も印刷して宣伝発表したのであります。
(中略)以上を以て、檀君に対する国家的或は民衆の宗教的信仰はどうであつたかといふことに就ては
御了解になつたことゝ存じます。」(引用終了)

引用文中の「?」は「イ+宗」ですね。
9 :Chun名無し ◆8rKRJPkXQ2 [<=(´∀`)sage]:2006/09/01(金) 00:34:44 ID:0dS2lbtJ
例え壇君が朝鮮半島初の国家を創始したとして、
結局滅亡しているわけだから、何で
これを神秘的にしているのか。

まだ、日本みたいに大和朝廷の血が脈々と
現存しているのであれば、むげに生い立ちを
暴けない、神聖な領域だっていうのは
分かるんですけどね。
10 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/01(金) 00:38:09 ID:feGUClN5
檀君崇拝創始者は親日派問題(略して檀君親日問題)を追っていたらこんなのを見つけました。
『人物 朝鮮の歴史』(李離和著 明石書店刊)所収
「羅普@海外独立運動の精神的支柱・大■(イ+宗)教の創始者」より630ページを引用します。
「 日本帝国主義は朝鮮支配を始めるとき、民族精神にかかわる一つの工作をたくらんだ。
自己の歴史が朝鮮より浅いことを隠し、さらに朝・日同根を表現しようと、なんと檀君と
天照大神が兄妹関係にあると言い出した。そして親日派(チンイルパ)の尹沢栄(ユンテギョン)、
李載克(イジェグク)らに祠堂を作らせこの「兄妹」をまつらせた。(朴章鉉(パクチャンヒョン)
『海東春秋(ヘドンチュンチュ)』」(引用終わり。振り仮名を括弧内に入れました。)
11 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/01(金) 00:42:22 ID:feGUClN5
>>10に関して、東京都文京区千石にある東洋文庫所収
『中山全書』(朴章鉉 著, 朴永錫 編 中山全書刊行會)上巻815ページから
「海東春秋」巻之四十七 韓紀 光武帝 己酉二年の条を引用します。
「秋七月羅寅永呉基鎬等創檀君教于京師
寅永等慨宗國之危欲闡明國祖以繋人心創檀君教于京師所謂檀君教者據新羅僧古記
檀君祭天摩尼山之語而指為主天之學者也自是其説益蔓「至」以高句麗為檀君之宗統
矣日本欲韓人親視日本以為日本上世有天照大神與韓邦始祖檀君為兄弟因勸尹澤榮
李載克二人建祠以奉二神盖因韓人檀君教之説而為此也澤榮等如
其言行之」

やっぱり「兄弟」であって「兄妹」ではありませんでした。恨と自尊心の
実例、なんですが、ここまで予想通りだとかえって拍子抜けしますな。
(今夜はここまで。檀君文献を多数お持ちの同志が協力を予定しております。)
12 :マンセー名無しさん[]:2006/09/01(金) 01:29:05 ID:Skx8fVRD
壇君が実は日本人だったら「チョンだから何やってもいい」って話
になるんだろうか。

チョンどものいうソースなら簡単に「発見」しそうだな。その気に
なれば。
13 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/01(金) 07:34:17 ID:+fJ+ue2+
新スレおめでとうございます。

宣伝になりますが、こっちもよろしく。
ttp://www.soutokufu.com/cgi-bin/hogehoge/test/read.cgi/hangul/1124711682/n28-29
14 :香具山の光[]:2006/09/01(金) 13:01:54 ID:SQ0arWzy
>>13
ありがとうございます。
ご紹介の以下の論文
「檀君ナショナリズムの形成」『朝鮮学報』第174輯、61-107頁、2000年1月
「韓末における檀君教の「重光」と檀君ナショナリズム」『朝鮮学報』第180輯、29-63頁、2001年7月
「韓末における「強権」的社会進化論の展開」『朝鮮史研究会論文集』第40集、183-213頁、2002年10月
「植民地期における朝鮮儒教会の活動」『朝鮮学報』第188輯、41-75頁、2003年7月
「植民地期朝鮮における檀君教の沿革と活動」『朝鮮史研究会論文集』第41集、203-227頁、2003年10月
「一九二〇年代「満州」における「大高麗国」建国構想」『國學院大學日本文化研究所紀要』第94輯、273-312頁、2004年9月
「亡命ディアスポラによる朝鮮ナショナル・アイデンティティの創出」『朝鮮史研究会論文集』>第43集、93-122頁、2005年10月
いずれも面白そうですね。
15 :香具山の光 ◆UqL5udaHS6 [sage]:2006/09/01(金) 19:50:02 ID:feGUClN5
「植民地期朝鮮における檀君教の沿革と活動」『朝鮮史研究会論文集』第41集、203-227頁、2003年10月
「亡命ディアスポラによる朝鮮ナショナル・アイデンティティの創出」『朝鮮史研究会論文集』>第43集、93-122頁、2005年10月
を入手。それ以外にも、
「檀君の位相 固有と外来の相克」『朝鮮史研究会論文集』35集31-55頁 野崎充彦
「檀君像の首切り事件発生」『現代コリア』平成12年3月号74−77頁「韓国メディアウォッチングH」野平俊水
もコピーしました。

前者によると洪萬宗(1643〜1725)の著した『東国歴代総目』で、
「それ以前の史書には見られなかったモチーフの登場」(41ページ)として、
檀君の戊辰元年(唐尭25年)の条に「教民編髪盖首」「君臣男女飲食居所之制」とあるそうで、
この表現は>>11で引用した『海東春秋』冒頭の檀君の条にもあり、「どこから
引っ張ってきたんだ?」と首をひねったが、なるほど、これが元ネタか。
しかし、「それ以前の史書には見られなかったモチーフの登場」って、
それって要するに…。
16 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/01(金) 20:00:53 ID:feGUClN5
>>15
しまった!また旧トリで書いてしまった!こちらに訂正します。

後者の現代コリアの記事は「ハン文化運動連合」なる団体が学校に寄贈した
プラスチック製の檀君像の首が切られるという事件が連続して発生していた
とのこと。犯人はおそらく狂信的なキリスト教徒ではないかと推測しています。
元抵抗詩人の金芝河が「檀君建立運動」を繰り広げており、これは「日本の
低質大衆文化のキャラクターがおびただしく貼ってある」部屋で暮らしている
彼の息子が「檀君の地」というパソコンゲームを作ったことが影響しえいるんだ
そうである。

なんか「檀君崇拝創始者は親日派」版、「一度目は悲劇、二度目は茶番」
という感じがいたします。
17 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/02(土) 21:02:31 ID:N3vxd8W4
>>1スレ立て乙!!
18 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/02(土) 23:20:37 ID:tbsonzc1
>>17
どもども。御所有文書の引用・解説を期待しております。

佐々充昭「植民地期朝鮮における檀君教の沿革と活動」『朝鮮史研究会論文集』第41集、203-227頁
には「二、檀君教教団の親日的性格」という項目がある。
まとめると、檀君教から分離した大倧教は多くの信徒が日本領から脱出し、
残った檀君教は朝鮮総督府に協力したので、現代韓国のウリナラ史観では檀君教は
批判の対象となっている。しかし、地方に散在していた檀君崇拝コミュニティを
檀君教支部として統合することで当該コミュニティにおける檀君崇拝を日韓併合期にも
可能ならしめたという点は、評価されてしかるべきであろう。
また、「漢字八一字からなるこの『天符経』は、今現在、大倧教の根本経典の一つに
編入されているが、もともとは鄭薫模の檀君教から出自した教典であった。」(216ページ)
とあるように、教義面で檀君教が大倧教に影響を与えている面も見逃すべきではない、
てなとこです。
19 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/02(土) 23:48:29 ID:tbsonzc1
で、「天符経」で検索してみるといやはや…。極めつけはこれ。だれか止めてやれよ。
http://www.linelabo.com/bk/2004/bk0408a.htm
「朴鉄民編『在日を生きる思想 『セヌリ』対談集』2004年7月、東方出版、ISBN4-88591-899-5。
(略)金芝河「「弘益人間」と「新人間主義」の文化精神運動が南北を救う」ほか。金芝河は朴鉄民との対談(99年8月)で
【生命運動、環境運動をしていて、問題を解決するには自分の性分が変わらないとダメだとわかったんです。
/崔致遠(統一新羅末期の学者)の「接化群生」。これは生命運動の真髄です。人間と無機物と動植物のすべてに接して、
愛して、疎通して、変化させて救援する。心の修養で万物と疎通できる宇宙を実現したい。これが律呂、そう気づいたときには
すでに、私も妻も体が悪くなっていて、先に妻が丹学に入ったのです。丹学は古朝鮮の復活運動で、天符経が基本テキストです。
現代的に檀君を復活させる。初め私は疑心もあって迷いましたが、妻が先に健康を回復する姿を見て、
自分も修練をし始めたのです。」(続く)
20 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/02(土) 23:50:30 ID:tbsonzc1
>>19の続き
「到着した結論が出発点です。/私がいままでしてきた生命運動は、
十九世紀の思想家たちの思想を基本にして、外国の生態学と東洋の思想を照らし、
この根本をふたたび明らかにすることによって、生かすことができると。
そう思うと心が楽になりました。/精神治癒ですね。自分のアイデンティティ
(自己同一性、正体性)が分裂された精神を治癒することです。
〔……〕/政治、経済が開放され、南北合作もしなくてはいけない。
思想的に北に合わせようと思うとどうすればいいのか。思想的・文化的に、
過去的には檀君の伝統を求め、古朝鮮を再照明し、現代化させる。
北が檀君を主張するのはいい。かえって檀君を本格的に展開し、
桓因(桓雄の父)、桓雄(檀君の父)すべてを認め、中アジア、
明文明をふたたび照明してみる。未来的には北が言う自主性、創造性、
意識性を全面に据えてやってみましょう。/われわれの国の神様は元来ハンニムです。
ハンには規定がない。「ハン」は一つになり、多くのものになり、
大きなものになり、生まれることにもなり、爆発もするという意味が含まれています。
これはカオスです。これは自由です。この自由実現の過程で開放的主体、成熟された主体、
人間自由の実現者としての主体的人間に対して、私たちが推し進めていく。
しかし、北の主体には見る影もない。もう行くところがない。唯物論にふたたび戻れない。
黄長Yが亡命してしまい、思想の現住所がわからない運命です。】」
21 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/03(日) 00:21:18 ID:jf7tEFNu
>>20に関して>>1に貼った元スレ585を改変して引用します。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jasrs/3.book/sbook1.htm
「■『宗教と社会』」
「ISSN 1342-4726」
「■創刊号(1995年6月)」
「韓国の民族宗教とキリスト教
―檀君教教祖のキリスト教改宗をめぐって―  淵上恭子  49 」
を入手。期待してたほどではなかった。論文要旨から引用します。
「 去る1993年7月、韓国の国祖檀君を祀る韓国の民族宗教である
『檀君教本部聖殿』の教祖で、パクス巫堂(男性降神巫)にして
韓国の政財界人のお抱え占い師・霊能師であったK氏が、『ハナニム』の
召命によってキリスト教に改宗し、韓国の宗教界に多大なる衝撃を与えている。」

現代の話でした。「ハナニム」とはもともとは朝鮮民族の崇拝していた天帝のことですが、
現代の韓国ではキリスト教の神をこう称するそうで、案の定、檀君系教団が中心になって
「『ハナニム』名號奪回汎民族會議」を結成して、カトリックとプロテスタントを
相手に訴訟を起こし、「ハナニム」を韓国の宗教に返し、200年間「ハナニム」の
名称を使用してきた代価として1億ウォンの賠償請求を申しいれた、そうですハイ。
(上記論文68ページ。『宗教新聞』1993年5月12日号が典拠に挙げられています)
22 :マンセー名無しさん[]:2006/09/03(日) 00:38:17 ID:cFxnswmY

日露戦争→日本が勝つ→日本に付く→ウリは戦勝国ニダ!

太平洋戦争→連合国が勝つ→米国に寝返る→ウリは戦勝国ニダ!

イラク戦争→米国が勝つ→米国に付く→ウリは戦勝国ニダ!
23 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/03(日) 00:45:00 ID:jf7tEFNu
すいません。またまた私です。
http://www.hadong.go.kr/j/04/04_05.asp?m=m4#
「開天大祭」
「祭天権は、本来、倍達民族(韓民族)の遺俗(昔からの習慣)だったが、
中国は大国に成長しながら天子だけが祭天権を行うことに成った。
事大主義に染まった高麗と朝鮮王朝は、中国の目だけ伺って、
公式的に天祭を捧げる王がいなかったのにもかかわらず、衰えていく
朝鮮の高宗皇帝が公式的に圓丘壇で天祭を挙行した。日帝植民地以後に
ソウルの社稷壇が社稷公園と変わり、遊園地になってしまって久しい。
祭天権を奪われたというのは、最近の言葉で我が軍が適軍に制空権を
奪われた、などということ以上の意味がある。今まで国家的次元で
開天節行事を一度もその通りやり遂げたことがなかったところに、
どうしてどたばたせずにいられるか。」(中略)
「私たちの昔の先祖は、蘇塗という聖域を立て、天に祭を捧げ、
倍達民族(韓民族)固有の正統経典の天符経、三一神誥、参佺戒経の三和経と、
三倫、五戒、八条、九誓の徳目を教えた。また蘇塗では、経堂を設置して国自慢たちに
忠、孝、信、勇、仁など五相の道を教え、」(以下略)

http://www.geocities.jp/wana_piyon/1122744325.htmlから改変引用
今西竜『朝鮮古史の研究』(国書刊行会)所収「檀君考」の「現代の檀君」
「現代の檀君」では、二十世紀に なってから成立した「檀君を唯一の主神とする
大○(イ+宗)教及び檀君教」の 経典「三一檀誥」「檀経」「檀典」について、
「以上諸経典なるものゝ檀君の語といふものを検するに、檀君は支那学に通じ居られしが如く、
朱子学を窺はれしが如し」(123ページ。漢字は現行のものに改めた)と、
著者はいつもの謹直さには似合わない皮肉を飛ばしております。
24 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/03(日) 11:38:24 ID:Z42ht0Bx
>>18
>>14-15のような「それ以外の資料」を持ち合わせていないので、
解説とは程遠いものになりそうなのが汗顔の至りですが、
努力はしてみます。w

25 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/04(月) 00:59:18 ID:AnFrAkVS
>>24
よろぴく。
資料を打ち込んだ後、その資料に出てきたキーワードを検索すると
思いもかけなかった結果がでて、テキスト産出の効率が上がりますよ。
(このスレにおいて金芝河について触れるつもりは全くなかった私が体験済み)
26 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/04(月) 09:56:29 ID:jNrHGBG2
このスレ・・・・
さんが来ぬ間に1000行き若しくはdat落ちになりませんように。
27 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/04(月) 20:13:13 ID:oQasPNjt
檀君親日からはちょいと外れますが、まずはさわり程度に。

『韓国通史』 韓[シ右]欣 学生社 33P

第三章 諸部族連盟の成立とその社会

  古朝鮮

古朝鮮社会と鉄器文化の伝来  青銅器文化が遼河から大同江流域にひろまるにつれて、
この地域の部族社会は一種の部族連盟体を形成するようになった。この部族連盟勢力は、
「檀君王倹(タングンワンゴム)」とよばれた君長をその始祖とあがめる、熊トーテム氏族の族長
勢力がその盟主となっていたもので、これがすなわち古朝鮮の部族連盟勢力であった。
この勢力はこの地域の支石墓の築造年代から推して、おそくとも前四世紀頃にはすでに
形成されていたものと思われる。(後略)
_____________________

さて、著者は1915年生まれの旧制五高(現熊本大学)卒、東京帝大西洋史学科中退、
戦後はソウル大で教授、大学院長まで務めた人物です。
・・・おや、さんちゃん。朝鮮人が東京帝大ですって。w

彼の筆致からは、檀君朝鮮という王朝の存在が窺えません。せいぜい部族連盟、クニであり、
それも紀元前二千年紀にまで遡るような古代部族とはみなしていないようです。
むしろ檀君というものの存在自体を、非常にドライに流しています。

ここでふとよぎった邪推。檀君王倹が急にクローズアップされたのは高麗時代。
その太祖の姓名は王建。両者の発音が通じるように思えるのは、ただの偶然ですかね?

今日は以上。
28 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/04(月) 23:14:41 ID:AnFrAkVS
>>27
にしても檀君の歴史的実在を主張するのね。
十三世紀末に書かれた三国遺事以前に檀君に触れた断簡すらない
(今西龍「檀君考」『朝鮮古史の研究』国書刊行会所収 の主張)のに。
「アナクロニズム」という言葉の意味を教えてもらわなかったのか?
「東京帝大西洋史学科中退」が泣くぞ。
29 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/05(火) 01:20:17 ID:zKSpd7HO
惨は関係ない
30 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/07(木) 22:10:40 ID:aE+UC5et
>>14の論文を全て入手しました。久しぶりに国会図書館に行ったけど、いやー、便利になったねえ。
佐々充昭「韓末における檀君教の「重光」と檀君ナショナリズム」『朝鮮学報』第180輯に>>1にある
「神宮奉敬会」に関する記述があり、だいぶ事情が飲み込めてきた。
「日韓神宮崇敬会建築所趣意書」(『神宮建築誌』、神宮崇敬会、1910年2頁。『檀君学研究』
第三号 檀君学会発行2000年10月に全文印影掲載だそうな)を上掲論文32ー33ページから引用します。
「国祖を崇奉することは古今の通義であり東西の一徹である。唯我が聖祖檀君が東方に首出し,大徳洪業が
上下に被り八域に張り、凡そ我が大東臣民子孫として追遠崇奉の思いを持たない者は無い。且つ日本国
天照天祖皇大神は伊弉諾神の貴御子であり、我が檀君と天錫勇智をともにし、同時開国し誼切交隣した。
是を以て韓日有志紳士が詢謀協同し一会を設立し、以寓奉敬するに、これ誠に千載の盛挙にして両邦の義事である。」
31 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/07(木) 22:32:15 ID:aE+UC5et
>>30
この論文によると檀君のことを「国祖」と称することがさかんになったのは、
この神宮奉敬会がきっかけになったのだそうです。
また>>10で名前のあがっている檀君教(後の大倧教)創始者・羅浮ヘ金允植という代表的親日派を
終生師と仰いでいまして、この金允植が閔妃暗殺を黙認したとの罪を着せられ済州島に流配された際には
5年も流配生活をともにする程でした。
金允植は日韓併合後、子爵、日本帝国学士院会員。檀君教の立教に立ち合い、自らも檀君教徒となり、
檀君教や羅浮ノ対して物心両面両面にわたる援助を行った、とあります。

つまり、檀君崇拝創始には二筋あり、ウリナラ史観的にマイナスなのは親日派が始めた方で、
プラスなのは親日派の弟子が始めた方というわけです。
32 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/08(金) 07:59:13 ID:ADhSpO/K
>>1
檀君崇拝は、大倧教のあたりを穿り返せば大体分かるのでは?と読まずにカキコ。
33 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/08(金) 08:43:08 ID:ADhSpO/K
最近、金芝河が入れ上げてる韓国版「自然とからだ、こころ」運動は、
民族派マル経学者の朴玄埰あたりの民族経済論、
朝鮮民族自給自足コミューン運動みたいな物が理論的核の一つとなっている模様。
34 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/08(金) 20:12:17 ID:5e/CThVo
>>32
大当たりですね!つーか読んでくれよ(泣
>>6の李氏朝鮮太祖王が夢で神人から金尺を授かったという件について
佐々充昭「韓末における檀君教の「重光」と檀君ナショナリズム」『朝鮮学報』第180輯44ページから
大倧教の「■(イ布)明書」83ページを引用します。
「太祖高皇帝は大皇祖が聖神降臨なさった大白山の南に発祥し、檀君大皇祖を
敬慕する誠心が前代諸王よりも卓越し、鴨緑江回軍時に、夢中金尺を大皇祖から
親授して王位に昇った。」

よりによって「鴨緑江回軍時」でつか。はしばしからダメダメ感ただよう説話ですな。
35 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/09(土) 09:07:39 ID:h+2+r54+
>>30
都内在住はいいなあ・・・。>国会図書館

>>31
ウリナラ史観的にマイナスの部分を「弟子」が削ったり改めた、ということですな。
ま、よくある話ですな。w

さて。『韓国通史』はひとまず置いといて、今西先生の『朝鮮史の栞』から。
・・・ごめん。忙しくてつまみ食いしかしてない。

13-15p
(第一章 朝鮮史の大系をなす史籍)
  第二  三国遺事
(略)本書は史籍として三国史記とともに見ざるべからざるものにして、社会的記事は
史記よりも本書に多し。其他種々貴重の史料を含み、荒唐無稽の説話中にも得る
ところ少なからず。一語の注、一句の辞にも意外の事実を包蔵するものあり。特に
三国の仏教史研究には本書を典拠とせざるべからず。但し其記載せる古伝説中には
後世の捏造付会構成に係るもの少なからざるは、かかる書籍の性質上止むことを
得ざる事なり。魏書・漢書などの記事なりとて掲出せるものに、原本には決して無き
ものあり。魏書に出づとして誌せる檀君王倹の記事の如きは、其一例なり。(後略)

(漢字は引用者が現代のものに改めた。)
_____________________

さすが今西先生、身も蓋もありません。w
ちなみに省略部分には、著者である一然の経歴も事跡も伝わるものがほぼ皆無で
あることが記されており、今西先生もお困りの様子。

36 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/09(土) 18:55:47 ID:h+2+r54+
せっかくなので、「第二  三国遺事」の冒頭にある一然の出自について。

五巻  高麗忠烈王(日本伏見天皇御時代)、即ち三国史記撰述後約百五十年を経て、
慶尚道迦智山麟角寺住持円鏡冲照大禅師一然これを撰す。一然の伝は不明也。
朝鮮総督府参事官室の調査によれば、慶尚道義興に普覚国師一然の塔碑遺存すと
雖も、今断片となり記事明ならず。李朝世宗王実録地理誌に、「慶山県、忠粛王四年
丁巳、以国師一然之郷、陞為県」とあり。一然に就ての吾人の知識、今日に於ては
茲に止まる。安鼎福は其著東史綱目の採據書目中に本書を挙げ、僧無亟一然撰と
せり。小生は無亟の語の出拠を知らず。東史綱目を調査すれば或は得る所あるべきか。
__________

というわけで、さすが朝鮮人、素性がわからないのをいいことに、著者一然にまで
装飾を加えています。ちなみに「亟」は「速」の意ですが、「極」と同じ意味で使われる
こともあります。とっても偉い人と言いたかったのでしょうか、それとも陰陽合一とでも
言いたかったのでしょうか?w

さてそんなわけで三国遺事と檀君神話ですが、
・仏教全盛時代の高麗朝に、
・正体不明の一然という仏僧が
・仏教説話を多く収録した書物を著し、
・その中で民間信仰に帝釈天という仏教界の「神」を上乗せした
・檀君神話を創設した。
ということが言えます。
37 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/09(土) 18:59:40 ID:h+2+r54+
しかしながら、その母体となるべき民間信仰はというと、その正体が見えてきません。
『朝鮮の鬼神 民間信仰第一部』 朝鮮総督府編
『朝鮮の巫覡 民間信仰第三部』 朝鮮総督府編
(『朝鮮の占卜と豫言』が第二部だと思ってたのに違った・・・。orz)
をざっと見渡してみたのですが、それらしいものがないのです。
あるいは新羅時代の徹底した漢化政策下で文献的には抹殺されたのかもしれませんが、
それにしたって高麗時代にまで伝わっているなら、別の形で残っていいはずです。
おかしいですねえ。w

また井上秀雄は『古代朝鮮』(講談社学術文庫)の中で、
・朝鮮には新羅的儒教精神と高麗的仏教精神の二大潮流があり、
・檀君神話はモンゴルの侵入により民族意識が高まったことに
・高麗的仏教精神が影響して成立した。
と、おおよそ斯様な論を展開しています。

ということは。この一然という坊主は、そもそも母体となるような民間信仰もなかったところに、
モンゴル侵攻に対するカウンター=民族主義の発揚のために、檀君神話を創造したという
可能性があろうかと思います。その際、仏僧らしく最高権威には帝釈天を借りてきたという
ことになります。
そこで>>27でも挙げた疑問ですが、檀君王倹とはそもそも、朝鮮に仏教の隆盛時代を
齎した高麗朝太祖王建を指しているのではないでしょうか。権威や神秘性を増すために、
後代の人物や事跡を過去に遡らせて、歴史を水増しするケースはよくある話です。

あるいは、別の形でもう一つ疑問になるのが、一然の出自です。
もしこの一然が日本の記紀を知っていたら。あるいは実は日本人だったとしたら・・・。

以上はあくまでも想像です。w
38 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/09(土) 19:01:18 ID:h+2+r54+
脚注忘れ。
>>36の引用文も、漢字を引用者が現代のものに改めています。
39 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/09(土) 23:47:28 ID:U8cDIkOO
>>36
あら、一然の伝て不明なの!初めて知った。
http://www.geocities.jp/wana_piyon/1066454986.html
.【証明できぬが】日韓歴史認識スレ16【諦めない 】
の284と286に引用したように、
『三國遺事考証』(三品彰英遺撰 村上四男編集代表 塙書房)303ページに、
三国遺事「古朝鮮 王倹朝鮮」の冒頭「魏書云。乃徃二千載有壇君王倹・・・」(ここでは「壇君」になってる)
への注釈として、
「【壇君王倹】壇君は檀君で神人の号。王倹は神人の名。
現存の文献中にて、檀君伝説の記事のある最も古いものは
本書「遺」(高麗の忠烈王代に高麗の名僧普覚国尊一然撰)である。」
とあり、「名僧」なんて解説者が言うから、てっきり素性のあきらかな人だと
ばかり思っていましたよ。

>>37
>権威や神秘性を増すために、
>後代の人物や事跡を過去に遡らせて、歴史を水増しするケースはよくある話です。
富永仲基の『出定後語』(中央公論社「日本の名著」に現代語訳あり)のいう、
「加上」の原則ですな。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000284/files/1735_21416.html
こちらのサイトで内藤湖南が「大阪の町人學者富永仲基」という講演で解説しています。
40 :山本六平 ◆bsViUL4o4k [takoyaki]:2006/09/09(土) 23:53:49 ID:Vnzepoiw
諸星ダン君
41 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/10(日) 00:09:19 ID:oGhIIYv2
檀君まで日本神話のパクリだったのかよ・・・
42 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/10(日) 00:25:53 ID:ZHCnWAXn
>>40
ウルトラセブンに謝れ!
43 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/10(日) 00:30:01 ID:B965n/Yv
>>39
そうそう、その「加上」の原則です。

もしかしたら、「国師」という言葉につられて名僧とやっちゃったのかもしれません。
今西先生の後でどういう研究成果があったのかがわかりませんから、
今はまだ断言を避けたいと思います。

>>41
あの時代に、記紀に見られるとされる「加上」の原則が逆に朝鮮側にも知られていたら。
あるいは「加上」の原則自体、妲己などにも見られるように支那にも古くからあったもの
なわけで、つまり大陸から伝わったものであるなら、当然ストローである朝鮮半島にも
伝わっていておかしくないわけで。

私としては、檀君神話は「加上」の原則に基づいた創作だという仮説に固まりつつあります。
そんな熊トーテム氏族なんてどうとでもなるわさ。w
44 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/10(日) 01:13:17 ID:djuxVNAV
>>43
>「加上」の原則自体、妲己などにも見られるように支那にも古くからあったものなわけで、

老婆心ながら解説します。
殷王朝の紂王は妲己にたぶらかされて暗君として放伐の対象になりましたが、殷以前に
成立したとされる夏王朝にも、桀という暗君が妹喜の言いなりになって王朝が滅びたと
されています、が、夏王朝の逸話は、殷朝を滅ぼすためにつくられた(「加上」された)
逸話なのですから…という意味でしょう。
45 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/10(日) 03:46:53 ID:w2p2VpJI
檀君神話が創作というのは定説ではないの?
46 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/10(日) 03:55:48 ID:w2p2VpJI
熊トーテム洞穴話や、大蒜話(おそらく原型では行者大蒜)は、
周辺のツングース系や、シベリア、バイカル・アムール流域を当たれば、
類型がいくらでも出てきそうな気が…。
あとカルデラ湖を含む「山の上の湖」に関する信仰とかも。
つか全部アイヌにあるけど。
47 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/10(日) 08:00:03 ID:BzyKWqCN
>>45
檀君に限らず神話は総て創作ですよ。
48 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/10(日) 09:41:47 ID:B965n/Yv
>>44
解説ありがとうございます。そういうことです。

・・・えぇーと。も一つ解説するならば、妲己の存在自体が西施の「加上」
だったりします。妲己(ダッキ)と妹喜(バッキ)は音が通じているので
わかりやすいのですが、西施とは音が通じていません。困った話です。

49 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/10(日) 11:03:53 ID:B965n/Yv
あと、檀君の語義を考えたとき、
      ・       ・
「仏教の檀家である国君」

と解釈すれば、意外とすんなり意味が通るように思いました。
もちろん、王倹(ワンゴム)=王建(ワンゴン)であるなら、という仮説の上に
仮説を積み重ねるものでしかありませんが。

50 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/10(日) 23:21:08 ID:djuxVNAV
>>48
え!?妲己の「紂王さまー」って史実じゃなかったの?
藤崎竜は謝罪と賠償を、って冗談はともかく。>>37を読んでいて思ったけど、
モンゴルの侵略に対抗して仏教が民族主義化するって日蓮みたいな話ですな。
51 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/11(月) 10:13:07 ID:47BSDFJz
>>50
えーと。まず謝罪をば。

西施は「顰に倣う」の語源となった傾国の美女で、妲己系の逸話とは違いますた。
ここで正しいのは西周最後の王、幽王が溺れた褒[女似](ホウジ)でした。

以下 宮崎市定『中国史 上』(岩波全書) 92-93pより抜粋。

 さてこの紂王であるが、これに類似する説話がその前にも、その後にも存在する。
前のものは夏の桀王の物語で、これによると桀王は末喜を溺愛した為に国が乱れて
殷の湯王に滅ぼされたと伝えられ、後のものは周の幽王の物語で、これは幽王が
褒[女似]を寵愛し、その言に従ったため人心を失い、異民族の侵入を蒙って滅亡した
と言う。この三者は同一の根源から生じたに違いなく、そんなら(注:原文ママ)何れが
本歌であるかと言うに、このような場合は最も近い時代のものが本であり、それが
次々に古い時代に反映させられて、幾つもの替歌が出来たものと思われる。すると
この場合、幽王説話が最初のものであり、紂王説話は第二の反映伝説、桀王説話
は第三の反映説話であろうと推測される。これは単に小説的な部分だけに止まらず、
史実として語られている英雄の伝記の部分に亙っても反映があるに違いないのである。
 紂王説話と幽王説話を比較すると、幽王説話の方がずっと現実味がある。第一に
幽王以後の歴史はすぐ後に春秋時代が続き、後世の歴史と連帯性がある。ところが
紂王説話はそれから後、周の幽王の頃までの間に大きな断絶があるにも拘らず、
この部分だけが例外的にはっきりとした映像となって、それが遠い過去の星雲の中に
浮び上っているのは、何としても不自然である。尤も幽王のすぐ前に宣王の物語が
あるが、これもよく観察すると、実は孤立した説話で、前にも後にもうまく接続しない。
(以下略)
52 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/11(月) 10:16:16 ID:47BSDFJz
これ、明らかに「加上」の原則ですよね。
(どーでもいーけど、やっぱ内藤湖南全集も買おう。)

まあこうした「紂王説話が嘘くさい」という説は、甲骨文の発見・解読や殷墟の発掘に
よってある程度立証され、今では紂王(受辛)は智勇兼備の王であり、正統な祭祀を
執り行っていたが、その注意が東方に向いている隙に、西方の異民族国家・姫周が
朝歌を急襲、商軍の先鋒である淮夷の奴隷兵が離反したため滅ぼされた、というのが
定説になっています。
http://home.t02.itscom.net/izn/
封神演義風に言えば「聞仲が留守だったので負けた」ということです。

そこでなんですが、またここで儒家の「あるべき史観」が歴史を歪めてるわけです。
孔子が規範とし、後世の儒家もそれに倣ったのが周礼です。
ところが、肝腎の周の幽王が女に溺れて放伐されてしまいました。儒家にとって
これは許しがたい事態です。以来、幽王の行為は儒家にとって、放伐されるべき
昏王のテンプレートになりました(むしろ、放伐される王はこうでなければならぬ、
といったところでしょうか)。
ですから、儒家が聖人を古代に遡るたびに、亡国の王に幽王の行為が加上され、
それに伴って傾国の美女も加上されていったというわけです。

蛇足ですが、伯夷・叔斉兄弟も後世の創作か、または何者かの加上でしょう。
周の武王は儒家ではないのですから、父親が死んだところで儒教的な服喪とは無縁です。
ですが、武王を聖王と崇める儒家にとっては、武王が親の喪を無視したうえに、
それを咎める人間が誰もいないというのは困るわけです。
かくして儒者はまた一つ、歴史をクリエイトしたのです。
53 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/11(月) 10:27:14 ID:47BSDFJz
>モンゴルの侵略に対抗して仏教が民族主義化するって日蓮みたいな話ですな。

まあ、それもなんですな。
一然というネーミング、加上の原則に基づいた神話の創作、日蓮っぽいやり口、
そしてなぜか正体不明。
故郷とされる慶山だって、大邱のちょっと手前。釜山と浦項からほぼ等距離ですよ。
かなり日本に近い位置です。
いろいろな点を考慮すると、ほのかに日本人のかほりが漂うのです。
54 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/11(月) 10:50:29 ID:47BSDFJz
>>52の「以来」の使い方が間違ってるけど、校正がめんどくさいので
適宜に解釈してください。すみません。
55 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/11(月) 23:33:46 ID:lX5xhtfA
>>53
うーん。どうなんだろう。日本の皇統が万世一系であることは、宋史日本伝にも
載っているので、当時の朝鮮知識人が知っていてもなんら不思議ではありませんが。
「宋史  卷四九一 外國伝 日本國」を引用します。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/dassai/soushi/frame/soushi_frame.htm
「上、其の國王は一姓繼を傳え臣下も皆な官を世々にするを聞き、因(よ)って歎息して
宰相に謂いて曰わく「(此)れ島夷のみ。 乃(すなわ)ち世祚遐久(せいそかきゅう)にして
其の臣亦た繼襲(けいしゅう)して絶えず。 (此)れ蓋(けだ)し古(いにしえ)の道也。 
中國は唐李の亂より縣(うけん)分裂し、梁・周の五代、歴を享(う)くること尤(もっと)も
促(みじか)く、大臣の世冑(せちゅう)能く嗣續(しぞく)すること鮮(すくな)し。」 

宋の皇帝の嘆きの言葉です。朱子学(別名 宋学)にはまった朝鮮知識人なら
宋史を読んでいてこの部分にぶちあたってどう思ったことでしょう。「島夷耳」
という表現がまたなんとも。

>>52
湯武放伐の是非は、山崎闇斎学派(崎門の学)が問題にした点ですな。
岩波書店「日本思想体系」の『山崎闇斎学派』や『近世武家思想』の巻に
該当する論文が収録されています。
武王を聖人とする理由と、日本の皇統万世一系とが、バッティングして大問題に
なり、やがては明治維新を正当化するイデオロギー的準備をします。
56 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/11(月) 23:40:58 ID:lX5xhtfA
>>55

>中國は唐李の亂より縣(うけん)分裂し
の「うけん」の「う」が飛んで表示されていません。「ウかんむりに禹」という
字です。
57 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/12(火) 09:44:02 ID:37qdQNnA
>>55
まあ一然が日本人かもってのは、多分に
「このスレに沿った意味での」ネタですので、適当に。w
朝鮮知識人が記紀を知ってて檀君神話の参考にしたのであれば、
それもまたスレの意義に沿ったものであります。
遅くとも李朝時代には知られていたようですし。

けどまあ、「一然」という文字を見たとき、日本人ならたいてい、
「いちねん」と読むと思います。「いちぜん」ではなく。
この「ネン」という読み方は呉音であり、おそらく朝鮮半島に
至っていないと思います(このへんは娜々志娑无ソンセニムの分野ですな)。
本場支那でもこの発音はほとんどなく、わずかに「天然」などの語が
あるていどです。(孟浩然の場合、日本で訛った。「浩然」だと「こうぜん」。)
逆に日本では、法然、「然など、仏僧の名前にわりと見られる読み方です。
ちょうど貴兄の引用部分が、「然の登場場面ですな。

山崎闇斎学派については詳しくないのですが、朱子学を突き詰めれば
いずれ尊王倒幕に至るのは自明の理ですので、まあ、いいでしょう。
58 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/12(火) 09:48:16 ID:37qdQNnA
>宋史を読んでいてこの部分にぶちあたってどう思ったことでしょう。

どうも思わなかったんじゃないですかね?
今回は申維翰『海游録』(平凡社東洋文庫)から引用しましょう。

十五 国名の由来と天皇
<141-144p>
 (略)上古に神人があり、一剣、一璽、一鏡をもって日向州に降り、みずから立って
天皇となった。しかして神武天皇といわるる者があって、周の幽王と同時代だという。
(中略)
 ところが、明の皇朝が前後しておくった諭冊および日本からの奉貢上表は、
じつは倭皇みずから命を受けて貢を献じたのではない。すべて、その臣に
名号を仮作させ、納款を詐称させたものである。そして天皇は、みずからその国の
帝となり、みずから正朔をなして万古不易である。これが倭皇の姓字が世に
聞こえない所以であり、あるいは王氏と称し、あるいは源氏と称する。かれのその
君たるの法は、ただ香を焚いて天に礼し、そして、みずから天より降った神人である
といい、摂提が起こる歳には無為にして化するとおのれを擬するもの、すなわち、
はじめから姓氏の有無は問題ではない。
 いまの天皇(中御門天皇)は、仙洞天皇(東山天皇)の第三子にして、名は慶仁、
己丑(1709年)に位を嗣いで今年二十六歳、改元して享保となし、その四年になる。
名があり姓がないのは、仏の如きものである。
59 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/12(火) 09:52:51 ID:37qdQNnA
ついでなので、同書から『日東壮遊歌』の有名コピペに匹敵する朝鮮人の本音を。

十七 東海の旅路
<169-170p>
(略)漁艇は杳渺として、あたかも天際から来往した如く、また富士の玉峰を見るに、
峨々として雲霄に亘り、沖融の間に倒影す。
 ここにいたりて、観る者、大いに喜び、訝かって言う、「この千仭の嶺上に、いずれより
洞庭湖の奇を得たるか。はじめて覚ゆ、造物主の手段が、ひとえにこのために費やされた
ことわ」と。余は曰く、「昔、海上の神鰲は五山を戴くと聞く。日本人はみずから、富士、
熱田、熊野の三山をもって、蓬莱、方丈、瀛洲となす。しかし余は、その山形から見て、
富士はすなわち円[山喬]と呼ぶべく、箱根はすなわち方壷と称するに合う。これ造物主の
惜しむところにして、九州(支那)の外にそれを置いて、中華の達士がこれを慕い見ることを
得ざらしめ、また倭俗がこれを見てもその名を知らざらしめたことは、ともに同じく不遇
なるなり」と。(以下略)
_____________________

ここでも幽王の名前が出るんですな。朝鮮儒教の輩なので、たぶん、幽王を意識的に
選択して並べることで、神武天皇を貶しているのだと思います。
そして、日本の景観を褒めては「化外の地にあるのが惜しい」などとほざきます。
60 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/12(火) 09:53:48 ID:37qdQNnA
>>59
×ことわ
○ことを
61 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/12(火) 19:41:35 ID:Kjbv7Bes
・・・よく考えたら、百済人が呉の伎楽を日本に伝えたと日本書紀にあるんだっけか。
なら呉音は朝鮮半島に伝わってますね。
62 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/14(木) 22:09:40 ID:kfrsAQ93
佐々充昭「韓末における檀君教の「重光」と檀君ナショナリズム」『朝鮮学報』第180輯40ページから
>>31に関する部分を引用します。
「三、檀君教教理と日本国体論
 前項では檀君教「重光」の経緯について考察した。ところで、今までの檀君教研究においては、
一つの重要な事実が全く看過されてきた。それは、羅浮フ周囲に日本の事情に精通した親日思想家が幾人か存在し、
そのためか檀君教教理の中に日本の国家主義的国体論の影響が見られる点である。
 羅浮フ周囲にいた親日思想家の中で、特に注目しなければならないのは金允植である。周知の通り、
金允植(一八三五〜一九二二)は、穏健開化派として活躍した高級官僚でありながら、親露内閣から
閔妃暗殺事件を事前に知りながら黙認したという容疑で、一八九七年に済州島へ終身流配された人物であった。
しかし、一九〇七年六月に流配措置が解かれ、一九〇八年に中枢院議長に任命されてからの金允植は、
露骨な親日的行動をとるようになった。一九〇九年には英親王李垠を慰問するために伊藤博文と日本へ同行し、
そこで日本政界人と親交を結んで帰国し、日韓併合後は子爵を授けられ、一九一五年には日本帝国学士院の会員となり、
一九一六年には経学院大堤学となっている。ところで羅浮ヘ一八八三年二二才の時に金允植の門人となってから、
金允植を終生の師と仰ぎ、金允植が済州島に配流された際には、済州島で五年のあいだ流配生活を共にするほど、
金允植に篤く師事していた。一方、金允植の方も、檀君教の「重光式」に立会い自らも檀君教教徒となり、
檀君教や羅浮ノ対して物心両面にわたる援助を行った。」
63 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/15(金) 08:53:44 ID:isrRicVM
てゆーか『檀君教の「重光」』って何? な状態なわけですが。
ぐぐっても川××也氏の論文ぽいものに、参考文献のタイトルとして
挙げられているだけで、さっぱりわからんのです。

まあそのへんは「檀君教」という切り口から文献に迫ればいいだけなのですが、
手持ちの文献にその箇所があるかどうかは未確認です。すみません。

で、古本屋で李丙Zの『韓国古代史研究』なる分厚い本をパラパラと
立ち読みしてきたわけですが、
・現存する魏書の中には檀君の記述がない。
・けど、散逸した文章の中にはあったかもしれない。
・一然が何の根拠もなく「あった」と言うはずがない。
・だから檀君神話はあった。
という論法で、まあさすがはウリミンジョク、幸せ回路標準装備のようです。
無論、檀君神話の祖形を探ろうという意欲は全く見受けられませんでした。
こんな本には金を出せませんでした。
64 :香具山の光[]:2006/09/15(金) 16:25:50 ID:RO4vlQEy
>>63
檀君教の「重光」とは、要するに檀君教の立教のことです。>>62に引用した論文の
36ページを引用します。
「檀君教では、檀君が太白山に降臨した際に、人類を教化するための神教(即ち檀君教)が
立教され、その後朝鮮固有の民族宗教として連綿と継承されてきたところ、
高麗元宗の時代に蒙古の侵略を受けてその教統はいったん途絶えてしまったとした。
そして、韓末期における羅浮フ檀君教の創立を、蒙古侵入以来約七百年間断絶していた
檀君神教を再び復活させたものであるとして、特別に「重光」と称したのである。」

ま、「光復」みたいなもんかと。
65 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/15(金) 17:07:52 ID:ueMvAD13
>>64
なるほど、解説d。ノシ
しかし檀君神話は1280年代にはじめて成立したはずで、
それはどう考えても蒙古侵入の後なんだけど・・・朝鮮人て面白いわ。w

2ヶ月前にこんな記事があったようなので、引用。

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2006071888958
文と写真で復元した新三国遺事

「私たちが本当に知らなければならない三国遺事」/高雲基(コ・ウンギ)著

著者は、本の冒頭に掲載された「この地の始まり」を上のようにつづり始めた。
金富軾(キム・ブシク)と一然(イルヨン)はほぼ同じ時代を生きたため、同じ
文献資料を見ていただろう。資料で言うなら、朝廷の公式支援を受けていた
金富軾の方が、もっと多様で貴重な資料を見ることができた。しかし、2人が
歴史を見る観点はお互いに違っていた。金富軾は新羅(シルラ)、高句麗
(コグリョ)、百済(ぺクチェ)の順に互いに違うストーリーを羅列したが、一然は
その前に檀君神話を載せた。2冊を家にたとえれば、金富軾の三国史記は
互いに無関係な小さい家を3軒建てたが、一番力の強い人が他の2軒を
購入して大きく増やした格好だ。
しかし、一然の三国遺事は三つの柱の上に檀君神話という屋根を被らせ、
初めから一つの有機的な家を建てた。そうしてこそ三国統一という話も可能だ。
統一とは散らばっていたものを一つにまとめるという意味ではないか。
何ら関係のない国、偶然韓半島の中に似たような時期に始まった国であったならば、
合併という言葉がもっと正しい表現だ。我々が韓民族、単一民族だという考えは、
檀君神話によって生まれ、現在われわれが南北統一を準備するのもまさにこのためだ。
遺事とは、「忘れられた事実」または「残された事実」という意味だ。金富軾が
すでに王の命を受け、歴代伝承されてきた史料を集大成して正史の三国史記を
編纂したので、もう一つの歴史を編纂する必要はなかった。(続く)
66 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/15(金) 17:11:42 ID:ueMvAD13
(続き)しかし、一然はその本に満足しなかった。金富軾の目に入らなかった話が
余りにも多い上、一然が見るにはその残された、または捨てられた話に三国時代
の祖先の世界への認識が盛り込まれていた。だからこそ、三国以前の話を
檀君神話か東明王神話のような神話の形で記録したのである。

一然が捜し出した遺事はどこにあっただろうか。彼が髪をそった陳田(チンジョン)寺を
はじめ、僧科に合格した後に参禅した琵瑟(ピスル)山、吾魚(オオ)寺、インフン寺、
入籍した麟角(インガク)寺などが全て三国遺事の現場だ。彼は70歳を越えた年に
三国遺事を執筆したが、この執筆のために一生を通じて遺事を収拾した。
三国遺事には、彼が探し回った寺の文献伝承と口碑伝承がよく引用されるが、
このような資料は一然がいなかったら、そのまま消えたはずの、当代の歴史家の
目には入らなかった残り物だった。

爲堂(ウィダン)・鄭寅普(チョン・インボ)先生は、開天節の歌の初めで、
「我々が水なら泉があり、我々が木なら根がある」と言った。龍飛御天歌の初めの
ページに、「泉の深い水は日照りにやまず、花が咲き、夏をもたらし」と言ったように、
我々が今の花と実りを楽めるようにしたくれた泉と根が檀君神話だという事実を
知らせた人が一然だ。
大学時代、居酒屋で会った詩人の高雲基氏と写真作家のヤン・ジン氏が
三国遺事の現場を探し回りながら20年間撮ってきた写真がこの本に載せられた。
同じ時代を生きながら、我々が知らなかった遺事を彼らが探し出した。そのため
本のタイトルも「私たちが本当に知らなければならない三国遺事」と付けた。
この時代にふさわしく、DVD版もおまけでくれるこの2人を私は「この時代の一然」
と呼びたい。
__________________

三国遺事には一然自身の足跡が若干記されているようですね。
で、これらの寺に「当時残っていた」文献が、そこにしか残っていなかったもので、
しかも今は散逸してしまったと?w
67 :香具山の光[]:2006/09/15(金) 18:19:47 ID:RO4vlQEy
この話は「一九二〇年代「満州」における「大高麗国」建国構想」『國學院大學日本文化研究所紀要』第94輯
とも関連するので貼ります。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=79900&servcode=200§code=200
「「金、清、韓国史に編入を」…東北工程対応策提案
「中国の漢族は漢、唐以後、満州地域を一度も完全に支配したことがない。
高句麗(コグリョ)と渤海(パルヘ)を継いで満州一帯に建国された女真族の金と満州族の清を
広い意味で韓国史の一部に編入し、中国の悪意的な歴史歪曲に積極的に対処しなければならない」−−。
韓国の古代史を集中的に研究してきた高句麗研究会(ソ・ギルス理事長)所属学者たちが14日、
国会憲政メモリアルホールで行われた学術セミナーで攻撃的な主張を申し立てた。国内の史学界で
金、清を韓国史に編入しなければならないという主張をするのは今回が初めてだ。これは東北工程を通じて
古朝鮮、扶余(プヨ)、高句麗、渤海など韓民族の古代史を根こそぎ中国の地方政権歴史に編入しようとする
悪意的な試みに正面から対応するための努力と見られる。 」
(続きます)
68 :香具山の光[]:2006/09/15(金) 18:20:53 ID:RO4vlQEy
>>67の続きです。
「「中国の東北工程研究成果に対する分析と評価」というテーマのこの日の学術セミナーでは、古朝鮮、高句麗、
渤海と中国の近現代史を専攻した代表的な学者らが参加し、多様なアイディアを出した。
ソ・ギルス・ソギョン大学教授は「現行の韓国の歴史教科書は中国の既存歴史観を無批判的に受け入れ、
満州地域で成立された遼、金、元、清をすべて中国の歴史と認めているが、これは中華思想に染まった
事大主義の歴史観と批判した。また「歪曲のレベルを超えた中国の韓国古代史侵奪行為にまともに対立するためには、
東アジアの歴史に新たにスポットを当てる新史観を定立する必要がある」と強調した。
こうしてソ教授は中国の漢族とは別に北方民族が満州地域に建てた歴代王朝の歴史を書き直さなければならないと提案した。
この主張は漢、唐以後、中国本土に入った漢族政権である宋と明が北方民族である金と清にそれぞれ征服されたとし、
唐滅亡以後1949年に共産中国が建国されるまで1000年間、漢族が満州地域を完全に支配することができなかったという
歴史的事実にもとづく。こうした歴史観から中国と歴史的対立を経験したモンゴルは、匈奴→鮮卑→劉淵→突厥→ウィグルに
続き遼と元を自国の歴史に編入したとソ教授は伝えた。
このような新しい接近法にもとづき、この日セミナーでは金と清を韓民族の歴史に含ませようという主張が提起された。
キム・ウィヒョン明智(ミョンジ)大教授は「宋史には金の太祖アゴタの8代祖が統一新羅(シルラ)王族出身の
金函普(キム・ハムボ)という記録がある」とし「統一新羅と渤海を南北国と記述するように金、高麗(コリョ)時代を
南北朝に分類することができる」と述べた。 」(引用終了)

面白すぎます。
69 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/15(金) 22:05:07 ID:4oYYLvUj
朝鮮人的には倭国〜大日本帝国の歴史もウリ民族史に統合するはずだったけのだど、
困ったことに不死鳥のように甦ってしまったのだよ。
70 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/15(金) 22:06:03 ID:4oYYLvUj
×だったけのだど、○だったのだけど

71 :マンセー名無しさん[]:2006/09/16(土) 01:57:04 ID:FzBkiT9f
檀君は仏教の「檀家」のことだとかいってる人がいるけど
それはありえない。白檀・栴檀の「檀」つまり植物ですよ。
72 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/16(土) 17:13:27 ID:9J7GEvwO
いつの間にか落ちたのか...

.【歴史】日韓諸問題統合スレッド【環境】part8
ttp://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1123247354/


スレの冥福を祈る...
73 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/18(月) 15:07:33 ID:pQ4+UG1C
>>71
そういう設定だと以前、さんちゃんのスレで挙げられていましたね。
でも、意味が一通りしかないと考えるのは実に早計です。
どうせ全て後付け設定なんですから。
74 :朋萌 ◆sFTomoRYi. [sage]:2006/09/18(月) 15:12:01 ID:MUpl27K6
 そもそもさんの言ってる事の殆どは、悲しいくらい薄っぺらですぐ論破されるレベルだった。(w
75 :マンセー名無しさん[]:2006/09/18(月) 21:55:34 ID:B+tbuum9
>>73
後付け設定?
なにをいいたいのかよくわからんが?

「檀君考」読んだ上でまだ
「白檀の神格化」以外の説がありうるっていえるのか?


76 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/18(月) 23:40:27 ID:f5ZEGBYj
>>75
『三國遺事考証』(三品彰英遺撰 村上四男編集代表 塙書房)303ページに
「そして、この仙人に解熱の妙薬たる檀(栴檀は梵名音写、Candana)を君号に
付して檀君とした。神子が神壇樹下に天降ったというのは、聖林神降信仰に由来するが
(三品彰英「政体と樹林」『建国神話論考』所収)、神壇とあるから、峠の聖所がthanと
呼ばれていることと関係づけ得るとの説もある。」。
このページに引用されている三国遺事「古朝鮮 王倹朝鮮」の冒頭の文章が
「魏書云。乃徃二千載有壇君王倹・・・」と「檀君」ではなく「壇君」となっている
のは、解説者が「峠の聖所」説を採っているあらわれともとれますな。
典拠になる写本がなんなのかは明記されておりませんでした。
77 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2006/09/18(月) 23:54:54 ID:ukJ7VCwy
東アジア+板
【中韓】「渤海は中国の一部でない」と李白が記録、「ハングルの原形の加臨多という独自の文字を作って漢字と混用」とキム教授[09/18]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1158587681/

チョッパリも中国様も偉大なウリナラを直視しる!
テーハミング! ドドンガ、ドンドン!!
78 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/19(火) 01:03:29 ID:Mke1M1VD
白檀栴檀の檀か、はたまた仏壇の壇か天壇の壇か。
少なくとも固有語名詞に漢字を当てたものではなさそう。
79 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/19(火) 08:36:01 ID:LSTx+VgT
>>75
檀の意味がそれのみに限定されるというのは、
その神話が事実であった場合のみです。

私の仮説では、檀那君主・王建を加上して檀君王倹なる存在が
創作されたわけですから、檀君という言葉がまず先にあったわけで、
「檀君」が神檀樹の意味だのテングリの仮借文字だのという説は、
その檀君という言葉に別の意味づけをして神格化をより深めようとした
だけでしかない、ということです。

つまり私は、全て今西先生の檀君考に基づいて主張しているという
わけではなく、その基本的な部分で貴方とはすれ違っています。
まあそもそも、>>76にあるように、必ずしも「檀」であるわけではないようですが。
(『韓国古代史研究』)


80 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/19(火) 23:26:51 ID:10CelaCQ
朝鮮日報のちょっと面白いコラム
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/19/20060919000054.html
「韓国はなぜ国学を冷遇するのですか」
「日本帝国主義が踏みにじった檀君思想を復活させた弘巖(ホンアム)・羅普iナ・チョル)について、
2003年に韓国で初めての博士論文が提出された。ところが、それを執筆したのは何と日本人の学者だった。
彼は韓国の友人らにこう語ったという。

「韓国はなぜ国学を冷遇するのですか」と。」(引用終了)

たぶん意味が二重三重に違うと思われ

81 :マンセー名無しさん[]:2006/09/20(水) 07:39:38 ID:QcxA5g2y
いろいろな学説があっていいと思う。
しかしそれは「何でもあり」って意味ではない。
素人の思いつきをいちいち同等に扱ってたら
朝鮮電波と大してかわらなくなってしまう。
82 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/20(水) 08:45:54 ID:MD/Qasuj
>>80
>自らを見下していては、他人のしもべになるしかないというのが世界史の教訓だ。

朝日新聞に意見を聞きたいと思ってしまった。w

>>81
無論、私が一介の素人であることも、あれが立証しようのない仮説であることも、
重々承知の上で一言言わせていただきます。

学者の説以外は不要だったら、このスレに存在意義はありませんし、
貴方はこんなスレを覘かれるよりも大学に聴講に行かれるべきです。


だいたい、支那も日本もやってる加上を、朝鮮だけはやってないと思い込むほうが、
私に言わせればおかしい。

「檀君神話が、その話のなかにあらわれている古朝鮮時代からあったものなのか、
あるいは後世の創作にすぎないものなのかということがまず問題である、(中略)
 こうした疑いをいだいて、檀君神話自体を抹殺し去ろうとしたのは、おもに日本の
学者たちであった。」(『韓国古代史論』 李基白 学生社)

著者が武氏祀堂画像石を根拠に、檀君神話が古代から存在していたという立場を
とっているという話は、おそらく以前、さんちゃんのスレで書いたかと思います。
83 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/20(水) 08:50:24 ID:MD/Qasuj
忘れていました。引用文は同著17pからです。
84 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/20(水) 13:10:41 ID:1XAQcXA9
>>80
同じニュース見て此処を思い出した次第w
85 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/20(水) 19:16:31 ID:1Elshm8M
>「韓国はなぜ国学を冷遇するのですか」と。」

遠回りな嫌みを言ったのかと思った。
86 :マンセー名無しさん[]:2006/09/20(水) 21:42:50 ID:AODHE7XQ
別に「加上」じゃないでしょ。
檀君は箕子の前にいたってことにされてるけど
檀君は箕子じゃなく、箕子は檀君ではないので
こういうのは加上説とは言わないと思う。
加上説ってのは初代の箕子の前にも
何代も箕子がいたっていうような場合をいうんじゃないの?
仮に百歩譲ってこれを加上説といったとしても、
そういう意味なら加上説に反対してる人などいないと思うが?
檀君は箕子朝鮮説が流布したはるか後世になって
後から加えられたことは共通の前提になってると思いますが?
87 :マンセー名無しさん[]:2006/09/20(水) 22:16:47 ID:pPD0A/kh
この本読んで勉強しろ。

朝鮮半島を救った日韓併合―いつまで彼らは“被害者”を続けるのか
http://www.amazon.co.jp/gp/product/419892483X/ref=sr_11_1/503-8042402-6996717?ie=UTF8
88 :マンセー名無しさん[]:2006/09/20(水) 23:39:31 ID:5Gw/ed/H
檀君が日本人だと知っている人が少ないね。
89 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/20(水) 23:41:14 ID:Um6uQLPu
>>88
人間なのかアレ?
90 :朋萌 ◆sFTomoRYi. [sage]:2006/09/20(水) 23:42:36 ID:EeymYm0/
 亞熊らしいぞ。
91 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/21(木) 00:03:19 ID:SPT+HrL1
>>86
内藤湖南の「大阪の町人學者富永仲基」から、ちょっと長くなるけど引用しますね。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000284/files/1735_21416.html
「特別な方法、それはどういふことかと申しますると、こゝに一つの原則を立てました。
富永の「出定後語」の中にかういふ言葉があります。それは「加上」――
加上の原則といふものを發見したのであります。」(中略)
「一體佛教といふものは、――印度に婆羅門教があつて、それが天を崇拜して居つた。
その婆羅門教といふものが段々發達して、次第に天の上に天を加へて、後になると二十八天、
三十三天と段々上へ/\と附加へて、自分の拜む天が尊い、今まで拜んで居る天はそれは
間違つて居るといふことで、さうして大きく分ければ三界の諸天と申しまして、
慾界・色界・無色界、さういふ風に三つに分けるのであります。大體それで二十八天、
三十三天と段々上の方にえらい天が出來て積み上げられて行つた。餘り天が高く積み上げられ過ぎて、
その上に天を積み上げても致方がないから、お釋迦さんはそれを引つくり返して、
天でない佛といふものにしてしまつた。つまりそれは天の上に加上した考へである。
斯ういふことを考へまして、」(後略)
つまり、天上での転生を破却して、成仏というまったく新しい概念に置き換えたことも、
加上なのですから、箕子の前に檀君がいたと唱えだすのも加上に相当します。
中央公論社「日本の名著」シリーズに収録された『出定後語』現代語訳では、
加上を「その上をいこうとして」と訳していた記憶がある。
モンゴルの脅威の下における民族感情の高まりをうけて、箕子の上をいこうとして、
檀君の存在を置いたのです。

それから、こういう意味の加上説を否定して、檀君実在説を信じている人は
大勢いますよ。私も驚きました。一例として、以下のスレの178以降の「さん ◆isLCGBQHVQ 」
の書き込みを見てください。
http://www.geocities.jp/wana_piyon/1066454986.html
これ前後のスレはこちらから、見ることができます。
http://www.geocities.jp/wana_piyon/00korea_index.html
92 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/21(木) 00:20:33 ID:SPT+HrL1
>>86さんへ。>>91に追加します。韓国の歴史教育では、檀君実在説が教えられています。
http://www.sankei.co.jp/databox/kyoiku2/osie/130614osie_k_02.html
小学歴史の場合、たとえば「最初の国家・古朝鮮」として次のように書かれている。
「『三国遺事』という本を見れば、檀君・王倹はハヌニム(天の神)の息子である桓熊と、
熊が変身して人になった熊女の間に生まれた、という物語が出てくる。檀君・王倹はこの地に
古朝鮮を建てた。古朝鮮は中国の北東側を中心に位置し、しだいに韓(朝鮮)半島にまで勢力を拡大していった」
そして、教科書の中で歴史を学ぶ子供として登場する少年ドンウギはいう。
「ぼくらの国の歴史が深く、最初の国家である古朝鮮を建てた檀君・王倹がハヌニムの子孫だという事実にとても誇らしく感じた」
「三国遺事」は十三世紀末に編さんされた歴史書で、そこに檀君を主人公にした建国神話が記されている。
小学歴史には古朝鮮の建国年は記されていないが、中学「国史(上)」では「三国遺事」の記述にしたがって
紀元前二三三三年とし、紀元前一〇八年に中国の漢によって滅ぼされるまで続いたことが、史実として書かれている。
古朝鮮や檀君について韓国では、以前は神話ないし伝説的な要素が強いとされてきたが、近年は歴史学界に
ナショナリズムが強いせいか、逆に実在の歴史としての論証作業が盛んだ。」
(続きます)
93 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/21(木) 00:21:26 ID:SPT+HrL1
>>92の続きです
「中学「国史(上)」も「檀君が建てた古朝鮮はわが国最初の国家であり、
檀君の建国物語はわが民族の自主独立精神をたたえる理念として継承、発展させられてきた」と記述し
「参考」として「檀君の建国物語」を檀君の肖像画(想像画?)とともに次のように解説している。
「昔、わが祖先たちは太陽崇拝を持っており、地上の国家を天の延長と考え、地上の王様を太陽の子と呼んだ。
そして王様を天と見たため、開天は天から降りて国を建てたという建国を意味するようになった。
つまり開天は三国遺事に記録されているように、檀君・王倹がアサダル(今の平壌)に都を定め朝鮮という
国を建てたということを意味する」
現在、韓国の建国記念日になっている十月三日の開天節は、檀君による建国の日である。
建国にかかわる神話や伝説が、科学的な根拠の有無を理由に教科書で否定されたり冷ややかに扱われることはない。
むしろ民族、国家としての歴史の古さを誇る「物語」として、積極的に紹介されているのだ。
韓国の教科書によると、古朝鮮は現在の中朝国境の北、旧満州一帯から遼東半島を越え
「万里の長城」近くまで支配していたとし、その勢力範囲が地図で記されている。」(以下略)
94 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/21(木) 12:27:15 ID:BthmDn5d
本日は 『朝鮮史散策』 岡崎久彦 より引用です。
ちと長いですが、平にご容赦。

http://www008.upp.so-net.ne.jp/bungsono/Okazaki2/cyousenshi1.html
 予曾つて韓國に遊びし時、ソウルの古書肆を渉獵して得たる朝鮮史の稀覯本二册あり。
明治四五年林泰輔著す所の『朝鮮通史』と大正六年青柳南冥著の『朝鮮四千年史』これなり。
(中略)
林泰輔はすでに明治二五年に朝鮮史五卷、三五年に朝鮮近世史三卷を著はせし朝鮮史の
泰斗なり。その後暫く朝鮮史は後進に委ねて遠ざかり居りしが「東洋の局面次第に變遷し、
朝鮮は終に我が領土となりて益々その歴史の必要を感じるに至りたれども、世の研究者は
皆愼重の態度を執り、敢へて筆を下してその需用に應じるものなき」状況に於いて、冨山房の
懇請により、舊稿を整理して通史とせりと言へり。
 故に林の書は、大日本帝國の發展を讚へ、朝鮮併合を正當化せんとする植民地主義時代の
時流に染まらず、もとより日本の占領を怨嗟し、過去の韓國史を美化せんとする戰後韓國史觀
とも異り、公正客觀的にして文章清雅なり。聞くならく、韓國光復後、學校教育に用ふる史書なく、
暫くはこの書を用ゐしと。うべなる哉。(後略)
95 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/21(木) 12:28:25 ID:BthmDn5d

http://www008.upp.so-net.ne.jp/bungsono/Okazaki2/cyousenshi2.html
 朝鮮開祖の檀君神話につきて、林は「支那唐尭の時に當りて、神人の太伯山檀木の
木の下に降るものあり、因りて之を檀君といふとは、後世佛教家の附會にして信ずるに
足らざることは明らか」なりと、客觀的史家の立場より一刀の下に切り捨つ。
 青柳はすでにして帝國主義時代の子なり。これを日韓同祖説と結びつけ、日韓合邦の
一つの理とせんとす。
 (中略)帝釋天の子桓雄が、往きて地上を治めんとし、三千人を率ゐて太伯山頂檀樹の下に
降りたる傳説の天孫降臨傳説との類似に想像の翼を伸べ、「檀君神話の如き此種のものは
日本にも之有り矣。我紀元前幾百千年の以前において朝鮮北部の地及び日本西陲の邊に
於いて既に優良なる一部民族の棲息したるは疑ひを容れず、即ち我日鮮氏族は其祖先の
同型なるも一衣帶水を以て兩島に分家したるに過ぎず。按ずるに檀君は日本の天降民族と
同種族にして、一は熊襲、アイヌを征し、一は穢儲(朝鮮半島先住民族)等を征し、現今の
日本諸島及び韓の半島、遼東の地は悉く我神族の政治下に屈伏せり。兩地の生民が同じく
天降神族の神代史を朦朧ながら後世に傳説したるを悦ばずんばあらざるなり。」
 稚氣溢るる帝國主義史觀と言はんか。(後略)
________________

してみると、>>80の文責氏が唱えるが如き、日帝による檀君思想の弾圧などというものはなく、
むしろ日帝は皇国史観のゆえに檀君神話を尊重し、日鮮同祖論に繋げたようです。
檀君神話を否定したのは冷静な歴史学者でありました。w
96 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/21(木) 12:56:47 ID:SPT+HrL1
思想家・葦津珍彦の父、葦津耕次郎について「正論」平成11年4月号掲載の記事に修正をほどこしたものです
朝鮮独立を支援した神道人 斎藤吉久
http://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/chousen-dokuritsu2.html
「鎮座式のあと、神道人と政府関係者が鋭く対立した。肥田の仲介で朝鮮神宮に関する
懇談会が開かれると、席上、斎藤総督はこう弁明したという。
 「朝鮮神宮に朝鮮人の祖先を祀らず、日本の神だけを祀ったことに対して、
不穏な事件でも起こりはしないかと思っていたが、無事に鎮座式がすみ、幸いであった。
朝鮮人の先祖とされる檀君の事蹟を学者に調べさせたが、実在の神かどうかが明確ではなかった。
実在の神と判明すれば、時機を見て祀るつもりである。遷座の日、朝鮮人はみな浄衣を着て、
神輿(みこし)を沿道に迎えた。われわれの誠意を知り、日本人と朝鮮神宮に対して
悪意を抱いていないという証拠である」
 耕次郎は立ち上がった。
 「総督は恥を知る人なのか。政治とは何かを知る人なのか。学者というのは、
耳目にふれるもの以上のことを考えられない馬鹿者である。学者の言葉に従って、
どうして生きた政治ができるのか。数千万の朝鮮人が存在する以上、祖先が存在するのは
動かせない事実だ。その祖神を大国魂(おおくにたま)として祀ればいいのだ。
朝鮮政治の根本義として、ただちに祀るべきである」(以下略)

いや、先祖がいるかいないかではなく、「実在の神」、つまり、国祖神として
実際に崇拝されてきた長い歴史があるかないかを問題にしてると思うんだけど。
それにしても「学者というのは、耳目にふれるもの以上のことを考えられない馬鹿者である。」
は凄いなあ。
97 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/22(金) 11:30:33 ID:Z/MyzTk7
>>96
>学者というのは、耳目にふれるもの以上のことを考えられない馬鹿者である。

別に独り学者のみに限った話じゃないですけどね。
人はみなそんなもんです。転生したとか超能力者だとかでないかぎりは。
斎藤実を面罵した葦津耕次郎自身とて、日本神道が、教義礼楽が統一されるような
代物ではないということに、ついに思い至らなかったわけで。
養老孟司はそれを「馬鹿の壁」と表現しましたが、他ならぬ養老孟司自身にも
馬鹿の壁は存在するわけで。

小説やマンガを書くにしろ、神話や伝説を書くにしろ、それは当てはまります。
全く架空のキャラを持った人物を創作するのには限界があり、実話にしろ作り話にしろ、
すでにある逸話にアレンジを加えてキャラづけするほうがはるかにお手頃だからです。




98 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/23(土) 02:04:54 ID:iCJD7raI
そう言えば『檀紀』なるものもあるね。
何でも日本からの分離独立後に使用されてたそうだけど、
朴正熙時代に一旦使用禁止になるも、金泳三時代あたりで復活したそうで。
99 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/23(土) 23:15:57 ID:OI0NX5qU
>>98
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AA%80%E5%90%9B%E7%B4%80%E5%85%83
>檀君紀元(タングンきげん)は、朝鮮神話の最初の王檀君王倹の即位を起点とする紀元である。檀紀とも呼ばれる。
>『桓檀古記』に含まれる「檀君世紀」をもとに檀君即位を西暦紀元前2333年とし、これを檀君紀元1年としている。

トンデモ本自慢になりますが、私は横浜市中央図書館で鹿島f訳の『桓檀古記』歴史と現代社 (新国民社)
を手にとってパラパラ中を見たことがあります。
http://www.lib.city.yokohama.jp/cgi-bin/Swwwsvis.sh?0+14207+6+1+0+190102038+0+1+5+0+1+1+1
その解説にこうありました。
「ともあれ鹿島f氏は『恒檀古記』の内容を本気で信じ込んでいるようで、
自らの「富士宮下文書」の研究と連結させ、韓国の民間学者も顔負けの支離滅裂な
「学説」を「解題」に延々と書き連ねている。(その「学説」は吾郷氏の序文によると、
つぎのようなものである。「檀君垣因と垣雄のモデルがオリエントのダゴン神と
バアル神である」「檀君朝鮮の実体はカッシト、ウラルトゥ、バクトリア、趙の
歴史であり、ウガヤ王朝史でもある」「北扶餘史の末期に依慮王が鮮卑に敗れたため、
子の依羅が逃れて崇神となった」)こうして鹿島氏の手によって出版された『桓壇古記』は
韓国に逆輸入されて釜山の民族思想という出版社から出版され、本格的に韓国に
知られるようになる。」
これ『韓国人の日本偽史』野平俊水著 小学館文庫 89ページからの孫引きだったのですが、
本当にこんなこと書いてあるの?と半信半疑で『桓壇古記』を手にとったのですが、
本当に書いてありました。この他、「文化大進」(文化おおいに進み)とか
「地上最高神」とか古代とは思えない語彙が頻出して笑えます。
100 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/23(土) 23:28:54 ID:9HG6KXZP
もうさんの存在は関係なくなってきてるな。
仮にさんがハン板に来たとしても、タイトル違うから
このスレ見つけられないんじゃないの?


101 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/23(土) 23:34:02 ID:OI0NX5qU
>>99に訂正
「ともあれ鹿島f氏は『恒檀古記』の内容を本気で信じ込んでいるようで、
自らの「富士宮下文書」の研究と連結させ、韓国の民間学者も顔負けの支離滅裂な
「学説」を「解題」に延々と書き連ねている。(その「学説」は吾郷氏の序文によると、
つぎのようなものである。」「こうして鹿島氏の手によって出版された『桓壇古記』は
韓国に逆輸入されて釜山の民族思想という出版社から出版され、本格的に韓国に
知られるようになる。」は『韓国人の日本偽史』の地の文で、『桓檀古記』の
解説の文章ではありません。引用文中の括弧内鈎括弧部分が『桓檀古記』の序文です。
紛らわしくてごめんなさい。
102 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/09/23(土) 23:37:19 ID:29Tj6Ior
>>100
 それもまた良し( ̄エ ̄)ノ
103 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/23(土) 23:40:45 ID:OI0NX5qU
>>100
まあ2002年からつき合ってきたスレ↓がいよいよ落ちて感慨禁ずるあたわず、だが
http://www.geocities.jp/wana_piyon/00korea_index.html
本人が来ないんじゃあしょうがないよ。
「新しい酒は新しい革袋にいれよ」の精神で心機一転、新スレを始めました。
あ、このスレの話題に特化したものなら、さんの書き込みも歓迎しますよ。
104 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/23(土) 23:42:47 ID:OI0NX5qU
>>102
わお!先生!このスレでもよろしく私のような鳥無き里の蝙蝠に
御鞭撻と御鞭撻と御鞭撻を。
105 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/09/24(日) 00:01:19 ID:wg/AzdDO
>>104
 文献の 香具山ニムの 本領を 発揮なされて いや喜ばし
106 :香具山の光 ◆b41BUvriFc [shibata@shiranedai.net]:2006/09/24(日) 00:36:02 ID:SACn3p9Z
>>105
出蘭の誉れと言わるる術も無し スレの出会いとは悲しくもあるか
碩学に研究室にて会ひにしかば と夢想するも空しき夜空
いで今こそ娜々志先生は書き込みぬ 我も書き込まむ倒れ伏すまで
世に奇しき えにし得るこそ貴かれ さん無き後に書き続くとも
107 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/24(日) 01:03:18 ID:zb/j94yr
>>99
『韓国人の日本偽史』は読んだけど、今までスカーリ忘れてました。
慌てて今現物を確認。

ところで檀君王倹の1908歳という寿命なんですが・・・
リアリティ全くないくせにビミョーにリアリティがあるというこの半端な数字、
どっから出てきたんだろうと、ちょいと首を捻ってみました。

三国遺事が編纂されたのは、私が知っているかぎりでは
1281年という説と1276年という説の2つがあるのですが、
この至近にある数字が、1268年=皇紀1908年なんですな。
この年、高麗はフビライの命令で日本に降伏勧告の使者を送っています。
あとはこの年が、一然本人にとってどういう年だったのかがわかれば、
あるいは・・・と思わないでもありません。

>>106
細かい話ですが、「出藍」。

108 :香具山の光 ◆b41BUvriFc [shibata@shiranedai.net]:2006/09/24(日) 01:20:09 ID:SACn3p9Z
>>107
おっしゃる通りです。蘭の花の青い色とは無関係でした。
花の色は移りにけりないたづらに ながめ世に経る書を読む間にも
109 :マンセー名無しさん[]:2006/09/24(日) 18:53:15 ID:021L8gs0
>>91
韓国人なら檀君信じてる人は多いでしょう。
「いない」といったのはこのスレにはってことだよ。
110 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/25(月) 00:08:37 ID:onI2E7S3
>>109
えーと貴方は>>86にて
>そういう意味なら加上説に反対してる人などいないと思うが?
と書き込まれた方と同一人物ですか?それを前提に書き込みます。
>>49に対する>>71>>75の反論が>>37にある以下の主張
>檀君王倹とはそもそも、朝鮮に仏教の隆盛時代を
>齎した高麗朝太祖王建を指しているのではないでしょうか。権威や神秘性を増すために、
>後代の人物や事跡を過去に遡らせて、歴史を水増しするケースはよくある話です。
という「加上」説を否定している、と猪口酔侯氏はお考えになったのではないかと
愚考いたします。詳しくは猪口酔侯氏の解説にお任せするとして、
なんにせよ、これ以降、過去に自分が書き込んだスレと関連する疑問・反論等は、
御自身がどのスレに書き込んだのかを指定してから行ってください。
お願いいたします。(テキトーで良いから名前欄に記入していただくと有難し)
交通整理係も楽じゃないよ。
111 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/25(月) 23:33:32 ID:he9x0sos
やっぱり分かりにくいニダから、こんどまたもしスレ立てるときがあれば
スレタイのアタマに「.」を付けてくれニダ。
112 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/25(月) 23:38:47 ID:nnew817G
頑張れニダーズ特訓中
113 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/26(火) 00:56:28 ID:hhy7/Ypp
>>111
えー!?ちゃんとさんスレの終わり近くで誘導したのにー。
次スレ(あるのか?)を立てるときには、御期待にそえるよう努力します。
というわけで、この次のスレを立てる人は、当スレはある意味で以下の
http://www.geocities.jp/wana_piyon/00korea_index.html
スレ群の結果なので、上記URLにある多くのスレ名のように
冒頭に「.」を付して頂けると幸甚に存じます。
ハナクソのごとき自尊心をあらわす象徴ですので。
114 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/26(火) 15:32:53 ID:u2Fo8SFU
>>110
物証のない仮説を立てたばかりに、貴兄にまでご迷惑をおかけいたしまして、
まことに相すみません。

私の考えたことは貴兄の推察どおりです。より詳しく申し上げれば、>>86氏は
「檀君は創作だと思うが、王建の加上というには証拠がない。
それ故檀君の『檀』も『檀家』『檀那』の意味であるとは到底思えない」
と主張なされたと看做しました。

しかしその前に「それは加上とは言わないだろう」という発言があり、
私の>>37に対する香具山氏の>>39があったがために
香具山氏が>>91-93で再度説明されたのだと思っております。

まあ私も、朝鮮神話や王建、一然についてもう少し、自分なりに掘り下げてから
発言するべきだったかなと、そのへんは反省しているところです。


どうでもいいけど、通○堂の『韓国古代史研究』を買っていったの誰よ?orz
115 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/29(金) 21:13:37 ID:t96nG6w+
「亡命ディアスポラによる朝鮮ナショナル・アイデンティティの創出
―大倧教が大韓民国臨時政府運動に及ぼした影響を中心に―」
(佐々充昭『朝鮮史研究会論文集』第43集、93-122頁、2005年10月 )が面白い。
大倧教は「開天節」の創設・「檀君紀元(檀紀)の制定・白頭山の神聖視などに大きな影響を与えている。
100ページより引用します。
「近年のポストコロニアルに関する議論の中で指摘されている通り、植民地の支配者と被支配者との間には
『両義的(アンヴィバレント)』な鏡像関係が存在する。つまり、『植民地の被支配者は、帝国の中心に
存在すると想像した真正なる支配者の像を延々と擬態しなければならず、しかし、決してその像と
同一化することはできない。』日帝下の朝鮮において、まさに『檀君』は、敵国の支配者である『天皇』に
代替しうる『両義的(―敵と同等の価値を持つも同一ではない―)』な歴史的象徴として機能した。
こうして、再発見された『檀君』を中心に、『帝国日本』に抵抗するための新たな対抗言説が、
『支配/被支配』の対構造をなす植民地的言説空間の中に、両義的な鏡像物として
構築されていったのである。」
カギ括弧内の文章は小森陽一『ポストコロニアル』岩波書店の序からの引用だそうです。
116 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/29(金) 21:36:24 ID:t96nG6w+
>>115この論文の「おわりに」から引用。
「その意味で、大倧教徒たちが創出した朝鮮ナショナル・アイデンティティとは、
亡命朝鮮人たちの『ディアスポラ空間』の中に住む『故郷を失った者(homeless)』どうしの
仮想的(バーチャル)アイデンティティ(『家のないことが唯一の故郷である』)として
創出されたものであったと言えよう。」(115ページ)

外国に移住した日本人が移民先でマジョリティとタメを張るために作り出した
歴史創造としては、ブラジル移民の「勝ち組」の「太平洋戦争で本当は日本は
勝っていたのだ」という言説がありますな。日本のこれは笑い話のタネで済みますが
韓国の場合、厄介なのは憲法前文の冒頭に
「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は 3.1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、
不義に抗拒した4.19民主理念を継承し」
とあるように、こうしたディアスポラたちのバーチャル・アイデンティティの産物が
国家の正統性の礎石部分に打ち込まれてしまっていることですな。
「開天節」が韓国の法定休日であるのがその例です。
これなんかも典型的にまでに「紀元節」と両義的な鏡像関係にあって
延々とそれを擬態し続けているわけでして。
「勝ち組」ブラジル移民に日本が占領されたらどんな歴史教育がおこなわれるか、
あるいはハイレ・セラシエを救世主と崇拝するラスタファリアンによってエチオポアが
占領されたらどんなことになるか、を想像すると、ウリナラ史観の異常性の原因が
感覚的に想像できのではないかと思います。
(え?想像できない?う〜ん、確かに想像困難かも)
117 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/29(金) 21:47:41 ID:t96nG6w+
>>115-116あ!色々書き落としてる。
脳内補完のできる人は、このレス読み飛ばしてください。
コピペする人は以下の訂正を繰り込んでください。

>>115
>『両義的(アンヴィバレント)』な鏡像関係が存在する。つまり、

>『両義的(アンヴィバレント)』な鏡像関係が存在する。』つまり、
に(カギ括弧を付す)

>>116
引用文中のカギ括弧内は上野俊哉『ディアスポラの思考』(筑摩書房)22ページの引用

>感覚的に想像できのではないかと思います。

>感覚的に想像できるのではないかと思います。
に訂正。

それから
「作り出した 歴史創造」は馬から落ちて落馬したから頭痛が痛いの類だなあ。
恥ずかしい…。
118 :マンセー名無しさん[sage]:2006/09/29(金) 21:56:00 ID:xbjBa1s1
憲法自体が嘘で塗り固めてある訳か。
救いようがないな・・・。
119 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/29(金) 23:21:10 ID:t96nG6w+
>>116
「エチオポア」を「エチオピア」に訂正。なにをやっておるんじゃ>>自分!

>>118
大韓民国が大韓民国であり続けるかぎり、公式な偽史運動は続くということです。
真実に目覚めた大韓国民が形作るであろう歴史運動は、国内において実質的に
知的亡命状態に置かれた個々の識者たちが、インターネットを通じてバーチャルな
歴史的アイデンティティを構築するという形態をとると面白いのですが。
あの国の法制度下では無理っぽいですな。
国外の韓国人集団がそれをやったら、本当に大倧教徒のやったことの裏返しに
なるのですが。あ、呉善花さんはその先駆けなのか?!
120 :(゜- ゜)っ )〜 ◆hTvfL9OoTU []:2006/09/29(金) 23:39:45 ID:wHqalOZw
そういえばダンキ何年、ちうのはもう使っていないんでしたな・・・。
いまは西暦に統一か。
121 :118[sage]:2006/09/29(金) 23:39:46 ID:xbjBa1s1
>>119
まぁ、無理でしょうなぁ・・・。

と言いますか、先ほど嘘で塗り固め・・・と表現しましたけど
そもそも、塗り固める為の"芯"なんてありましたっけ・・・?
アッチョンブリケ
122 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/09/30(土) 18:32:33 ID:8GO+8xjI
ちょいと真面目な話、今まで三国遺事が手元にないまま話をしておりました。
てなわけで国書刊行会の同書を古本屋から取り寄せました。

朱筆書き込み多数という但書に「それは前の所有者に感謝すべきところだ」
と思いつつ買ってみると、何か違う。朱筆自体が印刷っぽい。
前書きを読んでみると、どうやら今西龍の書き入れ本を新たに刊行したもの
だったようです。思わぬ収穫(ま、ここのお歴々にはすでに常識なのでしょうが)。

さてそのほぼ冒頭、33pにある書き入れをば。

「東国輿地勝覧京畿条曰三国遺事未知誰作 亦出□(據?)高麗中葉以後
其所記載皆荒誕不経不足取信云々」

「誕」とは「嘘をつく」という意味でしょう。荒誕不経で荒唐無稽とほぼ同じ意味
なのかな?
『東国輿地勝覧』を持ち合わせていないので実際どうなのかわかりませんが、
してみると、今西先生は著者が一然だという話自体にも、もしかしたら
疑念を抱いていたのかもしれません・・・。
123 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/09/30(土) 23:37:33 ID:eiqQSio7
>>122
「『東国輿地勝覧』「京畿」の条に曰く、『三国遺事』は誰が作りしか
未だ知らず、また高麗中葉以後に出□(據?)す。その記載する所、皆
荒誕不経にして取信するに足らず、云々」ってことですな。
しかし、引用文以外の書き込みも漢文で書くあたり、さすがですな。
当時の知識人にとってはそのほうが自然だったのかもしれませんが。
124 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/10/01(日) 15:28:31 ID:DarNRS/j
>>123
全てが漢文体というわけではないようです。
たとえば三国遺事巻三 金傅大王 の条に加えている書入れでは、

「高麗太祖訪新羅都城事三国史記ハ王ノ五年辛卯ナリトス」

などとなっています。まあ、漢文の割合は多いのですが。
ちなみにこの本では檀君・神檀樹を壇君・神壇樹、衛満を魏満と
作っていますね。
125 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/03(火) 23:29:04 ID:kGGUTSzZ
中央日報の記事
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=80462&servcode=400§code=400
「【写真】檀紀4339年開天節大祭
3日午前、ソウル社稷(サジク)公園内の檀君聖殿で行われた檀紀4339年開天節大祭で
各界代表たちが制服を着て殉国先烈に対し黙念をしている。」(引用終了)

手に持っているのは位牌ですかね。だとすると道教の影響かな?

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=68256&servcode=500§code=500
「【写真】 平壌壇君陵で開天節記念式
3日、北朝鮮平壌(ピョンヤン)の壇君陵(ダンクンルン)で、
開天節(建国記念日)記念行事が開かれている」(引用終了)

「どうせならもっとデカいピラミッドにしろよ」と常々思ってましたが、
これ以上大きいと、人物や供物とのバランスが悪くなる。
将軍様のセット作りの技術の冴えの垣間見える逸品です。
歴史的事実とは全くかすりもしないという瑕疵はありますが(笑
126 :マンセー名無しさん[sage]:2006/10/05(木) 00:26:20 ID:nQ26bxbA
>>125
> 「【写真】 平壌壇君陵で開天節記念式

これが有名なコンクリート製のお墓ですか?
127 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/05(木) 21:50:17 ID:bDFLTCDH
>>126
ご名答!
http://www.hi-ho.ne.jp/hisako-ta/Pyongyang4.html
http://www.piks.or.tv/info/121.htm
これらの写真と>>125の写真を見比べると、人物と建造物との大きさのバランスが
よくわかります。付された文章も味わい深いものがあります。
128 :126[sage]:2006/10/06(金) 02:01:21 ID:KihWR3sk
>>127
ご紹介のページ、拝見しました。
たしかに、映像的には良いバランスですね。
惜しむらくは、古代マヤのピラミッドのような石造りじゃないことかな。
時代も、せめてマヤくらい古ければ……でも1500年前の建造物じゃ
壇君没年とつじつまが合いませんねw

で、下のリンクですが、北朝鮮は1990年代になってから壇君うんぬんと
騒ぎ出したというのは、実は初めて知りました。
やはり、親父の金日成が死にそうになり、政権が弱体化してきたので、
あわてていろいろな嘘でっちあげをやりはじめたのでしょうね。
129 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/06(金) 07:31:03 ID:BnUoUts6
>>128
90年代のはじめにソ連が崩壊したのも大きな原因だと思います。
お目付け役がいなくなって好き勝手やり始めたのではないかと。

いま気が付いたのですが、>>125は同じ中央日報の記事なのに、
韓国の方は「檀君」、北朝鮮の方は「壇君」と、漢字を使い分けていますね。

韓国の檀君聖殿は↓のサイトの写真のように木造建築風なのに対し、
http://ocn.amikai.com/amiweb/browser.jsp?url=http%3A%2F%2Fwww.soguri.com%2Fgang-won-do%2Ftaebaek-si%2Fmun-gok-sodo-dong%2F2006-07%2F3205063_000_003.html&display=2&langpair=9%2C2&c_id=ocn&lang=JA&toolbar=yes
北の檀君陵はコンクリート製だからかな?
という気遣いは、漢字を知らない韓国人に対して優しすぎますか…。
130 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/06(金) 07:38:22 ID:BnUoUts6
訂正、というか言い訳。
>>125の檀君聖殿はソウルにあるもので、>>129に貼った太白山の檀君聖殿とは
別物です。
(なんだよ、複数あるなんて知らなかったよ)
ソウルにある檀君聖殿の写真はこちら↓。
http://www.seoulnavi.com/miru/miru.php?id=130
「木造建築風」であることには変わりありません(冷や汗)。
131 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/10/07(土) 09:10:49 ID:059JWkco
>>125
わかってて言ってるであろうことにあえて突っ込むと、
手に持ってるのは、紛い物とはいえさすがに笏だわさ。w

>>128
そのへんはまあ、わりと、今でも金豚による金日成弑殺説が
まかり通っていたりして、ごにょごにょ・・・。

今週は時間が取れなくて、文献をほったらかしてます。すみません。
連休なんで何とか読み進めるつもりです・・・。
132 :香具山の光 ◆b41BUvriFc [sage]:2006/10/08(日) 23:51:26 ID:vfmwFTzx
>>131
>手に持ってるのは、紛い物とはいえさすがに笏だわさ。w

あ、やっぱり?
あんまり連中が「靖国神社に××の位牌があることが確認された」と
うるさいものだから、位牌だったら面白いのになあ、と思って書きました。

位牌は道教に起源があり、大陸儒教圏の知識人が「死者を祀っているところ」
と聞くと真っ先に道観(まあ「道教のお寺」)を連想するので、
「靖国神社に位牌がある」と短絡しがちなのです。
この場合、死者のことを「鬼」と呼び、中国の新聞などは、小泉元首相の
靖国神社「参拝」のことを、「拝鬼」と形容しています。
位牌があると思い込むわけだーなー。
いい加減に近代国家になってくれ、と言いたいですな。
133 :マンセー名無しさん[]:2006/10/09(月) 00:16:11 ID:W4nGzHKw
位牌?

位牌じゃなくて「木主」っていうんじゃ?
134 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/10(火) 23:46:20 ID:Ui+xZMoe
>>133
「位牌」とも言うようですよ。
http://imokarinto.exblog.jp/m2006-07-01/
>韓国の国語辞典(韓韓辞典?)の『国語辞典』東亜メイト第2版で위패【位牌】を引くと(訳します)、
>위패【位牌】 [寺や檀、廟、院に祭る] 神主(シンシュ;死人)の名前を記した木牌。木主。位版。

>>115の論文から1936年の「開天節」に大韓民国上海臨時政府が発布した檄文を引用します。(113−114ページ)
「今日一〇月三日は檀君が始めて建国され我民族が国家生活を始めた建国記念日である。……
檀君老の高名と賢政に万邦が感服し、遠近の民族が帰順し、彊土が広大となり、当時は北は黒龍江以北と、
西は遼東半島迄皆我が国の版図となり、地域は一万方里に及んだものである。或る時代には揚子江以北が
我族の為に占領されて居たこともあった。又或時代には我民族が中国全土を統治したこともあったことは
実に壮大な事実である。……当時の情況を回顧する時我民族の偉大なる自尊心が高まるのである。
斯様であった民族が南北と別れて以後南方を占めて居た枝派が半島内に於て長久な独立国家生活を
継続して来たが今日に至って五千年間も守って来た国家を異族日本に奪はれ唯今死滅に直面して喘いで居ながら
自族の生存を保持し得ず……我等が我等の建国の日を記念するに当り其の恥辱と恨みは比ぶるものがない、
……培達民族の血を承けてゐる我等はこの光明の途を取る為万般を準備して動員喇叭の音を待つべし。
<大韓民国一八(一九三六)年陰一〇月三日:臨時政府>」
(「培」は原文のママ。出典は「第三号建国紀元節に臨みて」
『思想情勢視察報告書(其の二)』社会問題資料叢書第一輯、一九三七年五月、
東洋文化社、一九七七年、五一九〜二〇頁)
135 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/14(土) 23:40:43 ID:Z0v6D/Vb
同じく>>115の論文から1921年陰3月15日(陽4月22日)に大韓民国上海臨時政府主催で
議政院議場内で行われた「御天節」行事で李承晩大統領によって朗読された讃頌辞を引用します。(111ページ)
文中「○○」は原文ハングル。(だれか、ハングルの手書き入力サイトなんてご存知ないですか?)
「我が皇祖は神聖であり偉大であり知恵深く力強い。これを施した故に、人類のハンベ(○○)であり、
王(○○)であり師である。況やその血脈を継ぎ、その教えを受け継いだ我が倍達民族よ……
不肖なる承晩はこれにならい、大きな課題を背負い、軟弱であるが力を注ぎ、さらにハンベ(○○)の教えを輝かし、
末永く伝えていくものである。」

出典は『独立新聞』陽1921年4月30日付、第一面一段「讃頌辞」。

「これに関連して、一九二一年初めに上海の申園公園で、李承晩が
大倧教の核心メンバーであった申圭植・朴賛翊と義兄弟を結んだという記録が残されている
(『南披朴賛翊伝記』一六一頁)」(120ページ)

中国を脅かしたり征服したりした北方民族の末裔を自称するようになったのは、
北朝鮮の影響かと思ってましたが、それよりももっと根の深い問題のようですね。
136 :マンセー名無しさん[sage]:2006/10/15(日) 13:37:13 ID:OdJzqDXU
>>134
>又或時代には我民族が中国全土を統治したこともあったことは
>実に壮大な事実である。

頭が痛くなってきた・・・。
連中は何を考えているのだ?

まったく知らない人が見たら歴史ファンタジーだと思うぞ。
137 :マンセー名無しさん[]:2006/10/15(日) 14:37:31 ID:guKYxLBo
>>134
>檀君老の高名と賢政に万邦が感服し、遠近の民族が帰順し、彊土が広大となり、
>当時は北は黒龍江以北と、西は遼東半島迄皆我が国の版図となり、
>地域は一万方里に及んだものである。
>或る時代には揚子江以北が我族の為に占領されて居たこともあった。
>又或時代には我民族が中国全土を統治したこともあったことは実に壮大な事実である。

半島のことを「三千里」とよぶのは有名なことからわかるように、
南北朝鮮あわせると南北がほぼ「三千里」。これから一万里ってのがどれほどの
距離なのか察することができると思う。「一万方里」は中国全土。

桓檀古記には「南北五万里、東西二千里」という表現が頻出する。
これはユーラシア大陸を90度回転させたような領土になる。
じつのところ単純に十倍に誇張したもので、その実は「南北五千里、東西二千里」
といいたいのであろう。
これは半島の全域と満州の東半分をあわせたもの。
東西二千里は、魏略が出典で、燕が箕子朝鮮から奪った領土が東西二千里
だったという。これを参考にしたものだろう。
138 :香具山の光 ◆b41BUvriFc [sage]:2006/10/16(月) 00:18:46 ID:zNgdgHA2
>>137
ご解説、感謝いたします。

>>136
しかも、これは単なるトンデモ説じゃない。
大韓民国憲法が、その法統を受け継ぐと宣言した臨時政府の檄文ですからねえ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/kenpou.html#ch0
国家の正統性の礎石にこんなのが打ち込まれているわけです。
139 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/16(月) 00:20:06 ID:zNgdgHA2
>>138を間違ってsageたのでage
140 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/18(水) 00:50:47 ID:CU7BTHWB
>>99で触れた檀君世記の原文を発見
http://bluecabin.com.ne.kr/handangoki/dangun_original.htm
「二世檀君 扶婁 在位五十八年」の条に
「文化大進」(文化大きく進み)とあります。
141 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/20(金) 17:47:56 ID:JV5/ocjI
檀君親日ネタに微妙に関係しそうなものを『陰謀・暗殺・軍刀 ー一外交官の回想』(森島守人著 岩波新書)
83ページから引用。漢字は現行のものに改めた。
「次に私は満人の信頼をつなぎ得なかった一理由として、朝鮮人の偏狭な国家意識と優越感とを挙げたい。
事変後波涛のように満洲に押し寄せた朝鮮人の中には、一攫千金を夢み、またいたずらに優越感に支配せられて、
軍部や国家の勢力を笠に、目にあまる行動に出たものが多く、満人間に極度の反感と憎悪の念を植えつけた。
日本の勢力下に帰した以上、日本式に振舞うのに何の遠慮がいるかと、浴衣に細紐、素足に藁草履のいでたちを
街上に曝したのはおろか、甚だしきは奉天の大和ホテルのルーフ・ガーデンで、真夏の夕刻の一時、
欧米人が一抹の涼風を楽しんでいるところへ、浴衣の裾をまくり上げ、下駄ばきのまま押しかけた
豪傑連も少なくなく、外人の顰蹙と侮辱を買っていた。」

ちょっと著者のエリート意識が鼻に付きますが面白いと思いまして。
142 :126[sage]:2006/10/21(土) 09:17:43 ID:Vyuc+Qkd
>>141
このころ満洲におしよせた鮮人が、現在の朝鮮族自治区の連中なんでしょうか?
もし、それが「満洲はウリナラの領土ニダ」という主張のもとになったとしたら、そのうち
「美国もウリナ(ry」w

まあ、それ以前にも、半島よりましニダってんで、満洲に住み着いていたのかもしれませんが。
143 :マンセー名無しさん[]:2006/10/21(土) 10:26:49 ID:AIT5Va2I
>>142
半島人の満州への移民は、歴史上、何度かの山があったが
そのたびに異民族に同化吸収されたり、
本国の都合で引き上げさせられたりしており
現在の朝鮮族自治州の先祖ではない。

現在の朝鮮族自治州の先祖は19世紀以後の移民。
その最大の波は満州国時代。

つまり日本人が満州に移民したのと同時期。
144 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/10/21(土) 23:37:39 ID:IbgE4bpY
>>142
>もし、それが「満洲はウリナラの領土ニダ」という主張のもとになったとしたら、

いや、満洲こそ朝鮮族の故地だという主張は満洲国建国以前から朝鮮人の間にありました。
佐々充昭「一九二〇年代「満州」における「大高麗国」建国構想ー朝鮮新宗教と日本興亜主義者との邂逅ー」
『國學院大學日本文化研究所紀要』第94輯、273-312頁、2004年9月 、が、まさにその件を扱っています。
この論文の目次を引用します。
「はじめに
 一 朝鮮人による「満州恢復論」の提唱
 二 抗日独立運動家たちの満州移住と大倧教への入信
 三 日本興亜主義者たちによる「大高麗国」建国構想
 四 鄭安立と「大高麗国」構想
  (一)大倧教徒による「大高麗国」構想への関与
  (二)鄭安立による満州水田開発計画
 五 梁起鐸と「大高麗国」構想
  (一)梁起鐸による統天教の創設
  (二)梁起鐸による満州農業社計画
おわりに」(引用終了)

抗日武装闘争をしていた朝鮮人活動家が、黒竜会・玄洋社系の右翼に、
満洲における「大高麗国」建国を提案し、代わりに朝鮮半島は日本に
まかせると持ちかけたそうです。
なんか『三酔人経論問答』の豪傑君の議論を地で行くような話。
あ、そう言えば、中江兆民は玄洋社の頭山満と親交があったなあ…

>>143
ご解説感謝します。
「伝統ほど素早く形成される物は他にはない」と言ったのは誰だっけ?
ホブズボウム以外の著書で読んだ覚えがあります。
145 :126[sage]:2006/10/22(日) 21:16:03 ID:0P5Jj1kB
>143,144
なるほど。いろいろご教示ありがとうございます。

いっそのこと「史上最悪の残虐な植民地支配」をして、半島から鮮人を故郷の地に
送り出しておけば……と思いますねw
146 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/11(土) 22:14:27 ID:aMBoonWT
>>18-21>>23でふれた「天符経」について>>18の論文216−217ページから引用します。
引用文中の「檀君教」は大倧教が分裂してからの、親日宗教団体としての檀君教であります。
「この中で、特に、檀君教の根本経典として『天符経』が使用されていた事実に注目すべきである。
漢字八一字からなるこの『天符経』は、今現在、大倧教の根本経典の一つに編入されているが、
もともとは鄭薫模の檀君教から出自した教典であった。即ち、檀君教では、「天祖檀君の天下万世生霊に
教化する所以は、これ天符経上の三大本の宗旨による」(『復興経略』四三頁)というように、
『天符経』を最も重要な根本経典と見なしていた。その一方で、中国領内に本部を移した大倧教側においては、
解放以前において『天符経』が教団の正式経典として認められていた形跡は全く見られない。
 『天符経』が本来、檀君教側で普及された経典であった事実は、『天符経』が世に登場した経路を
調査することによっても確認できる。『天符経』が初めて世に流布されたのは一九一七年頃からであったが、
『天符経』を世に出した檀君教側ではその由来を次のように説明している。即ち、檀君天符経とは、
太古の時代に神誌が篆書で碑文に記したものを、新羅の弧雲崔致遠がその文字を解読して大白山に刻んだものである。
その後、この『天符経』の存在を伝え聞いた桂延寿なる人物が、大白山(妙香山)に入山して、
石壁に刻まれている『天符経』を実際に発見し、その拓本を京城の檀君教本部に送った。(62)
以上が、『天符経』出現までの経緯である。ところで、『天符経』を発見した張本人である桂延寿なる人物については、
当時のどの記録を見ても名前が残されておらず、また、彼が檀君教に送ったという『天符経』の
拓本原本も現存していない。このことから、檀君経に所属したある人物が『天符経』を偽作し、
その権威を神秘化するために桂延寿なる架空の人物に仮託して世に流布したものではなかったかと考えられる。(63)」
(引用終了)
147 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/11(土) 22:34:39 ID:aMBoonWT
>>146に続いて同論文226ページから注を引用します。
「(62)「天符経(桂延寿書塔天符経原本於妙香山石壁送来時書」(『復興経略』二三〜五頁)
 (63)当時、檀君文献に最も精通していた申采浩も、『天符経』を、檀君の聖言ではなく、
後人の偽造によるものであると批判していた。「朝鮮史研究章」中の「〈三国史〉東夷列伝校正」
(『改訂版丹斎申采浩全集』(中)、蛍雪出版社、一九九五年、四三頁)」
(引用終了)

申采浩も否定している親日派由来のニセ文書を根本経典とするとは大胆ですな。
さんが真相を知った時はショックだっただろうなあ…(半分妄想)
227ページから注を引用します。引用文中の●は原文ハングル。
「(74)筆者が調査したところ、解放から現在までに、韓国で出版された天符経関係の解説書は
二五冊を超える。また、最近では、金昌洙「天符経● ●●政治倫理分析● ●●試図」(延世大学校
教育学部碩士学位論文、一九九〇年)や、●●●「天符経● ●●●三才思想● Raimon Panikkar●
三位一体解釈学● 比較研究」(監理教神学大学碩士学位論文、一九九七年)などの学位論文が提出されている。
このような事実から、現代韓国における『天符経』の浸透力がどれほど大きなものか窺い知ることができる。」
「(76)(その典型的な団体として、七〇年代に組織された丹学修練団体の草分的存在である「国仙道(●●●)」や、
八〇年代以降に急成長を遂げ、現在韓国内で最大規模を誇る「丹学仙院」(近年「丹ワールド」と改称)が挙げられる。
なお、これらの修練団体では『天符経」を韓民族の根本聖典として神聖視している。」(引用終了)
148 :マンセー名無しさん[]:2006/11/13(月) 02:27:51 ID:oRnpLzTd
>>37
> そこで>>27でも挙げた疑問ですが、檀君王倹とはそもそも、朝鮮に仏教の隆盛時代を
> 齎した高麗朝太祖王建を指しているのではないでしょうか。権威や神秘性を増すために、
> 後代の人物や事跡を過去に遡らせて、歴史を水増しするケースはよくある話です。

史記が書かれたころの武帝をモデルにして作られた架空の初代皇帝=黄帝
日本書紀が書かれたころの天武天皇をモデルにして作られた架空の初代天皇=神武天皇

中華文明圏では定型文みたいなもんだ。

149 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/18(土) 02:27:36 ID:2/xrbA/8
東京都文京区白山にある「コリアン・ブックセンター」には
『天符経』という書籍が売られているようですね。
http://www.krbook.net/japan/j-book/j-rekishi/j-rekishi12.htm
発行元が不明。日本語だったら買いたいのだが。行けるのは来週になります。
乞う御期待。

こちらに天符経の掛軸の写真があります。手打ちします。
http://page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c85562960
「天符経 神祖御極時賢臣神誌作
一始無始一析三極無尽本天一一地一二人一三
一積十鋸無匱化三天二三地二三人二三大三合
六生七八九運三四成環五七一妙衍萬往萬来用
変不動本奉心本太陽昴明人中天地一一終無終一
 開天四千三百八十七年歳次庚午弟子王天試敬録」

20×4+1で81文字です。漢字は現行のものに改めましたが、
引用文中の「奉」は「『大』の下に『十』」で別の漢字を表して
いるのかもしれません。
なんだかなあ。よくこんなのをネタに学位論文なんか書けるもんだな。
150 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/18(土) 02:40:09 ID:2/xrbA/8
こちらには天符経の原文!の画像が載ってる!世界は広い…
http://bluecabin.com.ne.kr/data_store/newchunbookyung.htm
以下のサイトによると
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/5314/2ch_1031987381.htm
こう書かれているそうな
「言語学者パク・デジョン氏が東方文字(漢字)の起源である甲骨文で
書かれた、我が先祖の遺集「農陰遺集天符経」に対する研究を通して
甲骨文の根が檀君朝鮮以前の桓雄時代まで遡ることを明らかにした事。
これに従って本誌は「農陰遺集天符経」の意味とパク・デジョン氏の
研究成果が持つ意義を国内で初めて紹介しよう。」
「「甲骨文と天符経」

甲骨文は俗称、漢字と呼ばれる東方文字の最も古い時期の形態として
知られている文字である。
甲骨文という名称は、その文字が主に亀の甲や牛の肩骨等に、
刀で刻まれたことに由来しており、1899年中国湖南省の殷墟にて
初めて発見された。
甲骨文字は殷王朝(BC3400〜3100)時代、????の遺跡地である殷墟
から出土され、殷墟文字ともいう。」(続きます)
151 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/18(土) 02:41:17 ID:2/xrbA/8
>>149の続き
「一方、天符経は、韓民族最古の国として知られている桓国にて、
口伝され来た中で、桓雄の命により新誌赫得によって最初に鹿図文で
記録されており後に新羅のチェ・チウォンが古い石碑から新誌
(檀君時代の天皇の命令を伝え出納の任務を伝えようとして赫徳以後
記録を担当した????の名前、前出の新誌赫徳とは違う人物)が書いた
篆字によって成る古刻本を探し出し、それをもう一度、帖で作り、
世の中に伝えたものである。
檀君崇拝を基礎とする民族宗教である大[イ宗]教によれば、倍達同胞の
????な三大教典として、造化教である「天符経」とチファ教である
「チャムジョンケ経」があるが、全81字で構成された「天符経」は
桓雄が太白山(白頭山)神檀樹の下に降臨し、????を開き、
弘益人間のためにだけ百姓を教えるという造化の原理、すなわち
宇宙創造の理知を81字でまとめた真経であるという。
「天符経」は高麗末まで伝えられてきたが儒教を崇拝した朝鮮王朝の
時代に途絶えた。
そんな中、1916年、大[イ宗]教もケ・ヨンス(桂延寿)が妙香山の
石壁からこれを発見し、1917年、インピョンにて????を大[イ宗]教に
伝えるようになり、ふたたび脈をつなぐようになった。」
152 :香具山の光 ◆b41BUvriFc []:2006/11/18(土) 03:17:01 ID:2/xrbA/8
>>151の「>>149の続き 」を「>>150の続き」に訂正します。
ってこういう訂正はあまり意味は無いのだが。

しかし、こんどはこの甲骨文で書かれた天符経の出所を知りたい。
やはり大倧教による加上なのかなあ?
普通の漢字で書かれた天符経が親日派起源であることに気付いたから、とか。
153 :香具山の光@gogo3902[]:2006/11/18(土) 23:17:43 ID:2/xrbA/8
>>149を訂正。「『大』の下に『十』」は「夲」、読みは「トウ」意味は「もと」だそうです。
よって>>149から以下のように訂正。コピペはこちらからお願いします。
それ以外にも漢字を改めた所があります。

「こちらに天符経の掛軸の写真があります。手打ちします。
http://page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c85562960
「天符経 神祖御極時賢臣神誌作
一始無始一析三極無盡本天一一地一二人一三
一積十鋸無匱化三天二三地二三人二三大三合
六生七八九運三四成環五七一妙衍萬往萬来用
變不動本夲心本太陽昴明人中天地一一終無終一
 開天四千三百八十七年歳次庚午弟子王天試敬録」
154 :猪口酔侯 ◆.xOp2Okxb6 [sage]:2006/11/19(日) 14:12:06 ID:+JA45EI0
>>153
名前欄、名前欄。
155 :香具山の光[sage]:2006/11/19(日) 23:10:09 ID:ZNHD6Om/
>>154
しまった!覚えやすいのを思いつくまで、しばらく鳥無しにします。
156 :香具山の光[]:2006/11/24(金) 21:59:58 ID:YmNa6biD
>>149の書籍『天符経』(許英雄 著)を入手。
この本自体は天符経や格菴遺録にかこつけた宗教教祖の称揚本でした。
22ページから引用。
「その後、この貴重な教典は長い間埋もれていたが、1916年に桂延壽
(1911年に桓檀古記を編纂し、日韓併合を前後に妙香山で修道した人物)
がその石壁の『天符経』を発見し、1917年に大倧教に伝えてきた。」

やはり親日檀君教は無視のようであります。
157 :はぽねす ◆BBx90lwzdU [sage]:2006/11/25(土) 02:39:05 ID:3bVLH3bb
>>153
USキーボードユーザー乙(w
158 :香具山の光[]:2006/12/22(金) 22:47:33 ID:CG/x0Eme
>>157
いや、普通のキーボードですよ。単に押し間違えただけで。

皆様へ。檀君親日ネタは今のところタネ切れです。
今後は間口を広げて、檀君噺を書き込むつもりなので、ひとつよろしく。
「檀君の位相 固有と外来の相克」(『朝鮮史研究会論文集』35集31-55頁 野崎充彦 )
から、李朝における檀君崇拝儀礼の変遷について引用する予定。一週間後になる予定。
159 :香具山の光[]:2006/12/28(木) 22:38:45 ID:8U524cTD
>>158の論文から引用。括弧内は該当部分への注記です。
「一三九二年の檀君箕子祀典の整備において、檀君と箕子にそれぞれ「始受命之王」「始興強化之王」、
すなわち民族国家の始祖および文化の創始者としての位置づけが行われる。」(35p)
(『太祖実録』巻一 元年 壬申 八月 庚申の条)
「一四一二年には、礼曹の要請により檀君は箕子廟に合祀された」(35p)
(『太祖実録』巻二四 十二年 壬辰 七月 庚子の条)
「檀君・箕子の祭祀とはいっても、檀君の箕子廟への合祀からも分かるように、
当初は檀君より箕子のほうが格上であった。世宗代になると、この檀君と箕子の
地位の不同が問題視され、その是正が図られる。一四二五年に檀君祀堂が箕子祀堂とは
別に設けられることが決定したあと、(『世宗実録』巻二九 七年 乙巳 七月 辛酉の条)
続いて箕子廟の南側に檀君祭堂が別置され、そこでは檀君は東明王(朱蒙)と合祀されるのであるが、
(『世宗実録』巻一五四 地理志 平安道 平壌府の条)この時、檀君は箕子のみならず朱蒙に対しても
朝鮮民族の始祖神たる位置付けを確かなものにしたと言えよう。
(檀君と箕子、および朱蒙など三国の始祖神との祭祀における関係については、
桑野栄治「李朝初期の祀典を通じてみた檀君祭祀」(『朝鮮学報』第一三五輯 一九九〇年)を参照。)
 以上は、祭祀という国家儀礼における檀君の位置付けの変遷であり、檀君神話そのものが
変化したものではなかったが、やがて檀君像それ自体の変容を見せるようになる。」(36p)
(引用終了)

パンピーにしてみたら無味乾燥な内容でしょうが。このスレをここまで読んでこられた
方には興味深い情報かと思います。
160 :香具山の光[]:2006/12/28(木) 23:04:36 ID:8U524cTD
>>159の続き。>>158の論文の36ページから引用します。●は判読不能文字。
「(四)民族主義の台頭ー「万里国家」と檀君・箕子
 李朝第七代の世祖(在位一四五五〜六八)は、富国強兵策に熱心で、
古代の強国である高句麗に強い関心を寄せていた。世祖の寵臣であった権●は
その著『応制詩註』で、古代の漢の四郡の位置を満州地域に比定し、
箕子の領土を今言うところの平壌ではなく、はるか西方の遼東(現在の遼西まで含む)
まであったとする「万里国家」を提唱している。」(引用終了)

ビョーキのきっかけはこの辺にありそうですな。
161 :香具山の光[]:2006/12/29(金) 00:09:10 ID:pqA6KTos
おいおい、マジでやるの?
http://news.sportskhan.net/?cat=view&art_id=200612272155033&sec_id=540201&pt=nv
(以下機械翻訳による日本語)
「4300年前檀君が復活する
入力: 2006年 12月 27日 21:55:03
我が民族の詩調である檀君王倹の話がドラマに製作される. ベールに包まれた
4000余年の前古代史がテレビ劇場で最初に再演される.
SBSは 27日 ‘SBS 2007 大企画’を発表しながら
“来年秋放送を目標で 100部作史劇 ‘檀君’を製作する”と明らかにした.
主人公檀君を含めてください配役のキャスティングは現在進行の中だ.
一番知りたい点がすぐ果してどんな内容でドラマ ‘檀君’が満たされるかと思う部分だ.
実際檀君に対する歴史的な記録は極めて些細な状況. かなり多い数を歴史的想像力で満たさなければならない部分だ.
これに対して SBSは “‘檀君’ 話は比喩目係騎馬民族だった勇猛な韓民族の姿と戦国時代ホンサンの中で自分の運命を
開拓する檀君の英雄期, 配達国公州リョとの胸が痛み愛話, リョを間に置いて
永遠な宿敵になる賃金敷布団との対決話が開かれるでしょう”と説明した.
このために ‘はるか遠い帝国’ ‘濫伐’ ‘アルマゲドン’ など幾多のヒットマンガの原作者と同時にストーリー作家である
ヤソルロックの原作を土台にするという計画だ. まだ情事で認められていることができなかった
‘ハンダンゴギ’や ‘揆園史話’ のような史料も積極活用する見込みだ
しかし歴史歪曲論難も少なくないことに憂慮される. MBC ドラマ ‘朱蒙’の場合も
ドラマの劇的展開のために作家の想像力が介入しながら
少なくない歴史歪曲論難に苦しまなければならなかった.」
(続く)
162 :香具山の光[]:2006/12/29(金) 00:10:53 ID:pqA6KTos
>>162の続き
「‘檀君’を通じて SBSが史劇主導権を握るかも関心事だ.
来年放送社史劇ラインナップをよく見れば, MBCの場合 ‘朱蒙’に引き続き
また一つの高句麗史劇 ‘太王使臣期’と朝鮮時代正祖大王の話を取り上げた
‘離散−正祖大王’ などを放送する計画だ.
KBSも来年までつながる ‘テゾヨン’ 外に朝鮮世宗時代を扱う ‘世宗大王’を準備の中だ.
しかし ‘檀君’は今まで一度も試みされない古朝鮮を背景にしていて
先行獲得效果が大きいようだ.
一度もまともに具現されなかった古朝鮮時代. 果たして ‘檀君’がどんな姿で広げられるか期待になる.
〈姜永久記者 ilove@kyunghyang.com〉」引用終了

「‘ハンダンゴギ’や ‘揆園史話’ のような史料も積極活用する見込みだ」
どうやら奴ら、やらかすつもりらしいですぜ。
163 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/12/29(金) 11:45:00 ID:vMWVBP2K
>>161-162
 檀君〜古朝鮮に関して、「インターネットで見た」に加えて
「ドラマで見た」という電波が新たに付け加わることが予想
されまつな(w。
164 :香具山の光[]:2006/12/29(金) 18:46:56 ID:eta6xIGs
>>163
あ!先生、おひさしぶりでございます。もしお暇なら、>>11の『海東春秋』の漢文の
訓読文を作成していただけないでしょうか?私が東洋文庫で韓国の印影本から引用したもので、
インターネットで公開されるのはたぶん世界初という文章、ネット界における私最大の業績であります。(妄想)
広く読まれるために訓読文が必要なのですが、ちょっと私の能力では無理でして。

>>15-16の檀君像首切り事件について、弘益文化運動連合のサイトを翻訳します。
破壊された檀君像の写真も掲載されています。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bT,hT,uaHR0cDovL3d3dy5ob25naWtuZ28ubmV0L21lbnU1XzdfMy5odG0=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
「檀君上毀損現場犯たちに対する司法処理が遅くなっている時点で檀君上毀損はますます
もっと組織的に激甚化されて行った.2000年 7月 18働いた市民が漢文化運動連合にビデオテープと
写真フィルムを送ったが,ここには増えた 7月 16日慶北霊泉第一教会で開かれた
'にせ物檀君上 撤去霊泉地域総決起大会'を撮影したのだった. 」
「 ツェフングホ牧師と造営件長老は教人たちに檀君上破壊特攻隊に加わってくれることと
警備(経費)を 後援してくれと言って先導したしホ太線牧師も教人たちにみんな '鶴はし'を持って
檀君上を壊しに 行きなさいと言った.慶南のイグックツ家を買う 6月 10日慶南一帯で檀君上
10ギガ同時に 毀損される事件の犯人が自分なのを明らかにした. 」

「檀君像破壊特攻隊」「ツルハシを持って檀君像を壊しに行きなさい」
韓国のキリスト教は熱いなあ。
165 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/12/30(土) 22:08:11 ID:FfzqwsrO
>>164
 了解したニダ。ただ、「檀君祭天摩尼山之語而指為主天之學者也」
の部分がうまく訓読出来ないでいるニダ。念のためお聞きするニダが、
誤字・脱字の類はないニダよね?
166 :香具山の光[]:2006/12/31(日) 00:14:02 ID:T4MvT00U
>>165
ありません!キッパリ。引用文全部を確認済であります。仰る通りでして。
「『檀君が摩尼山にて天を祭った』という語は」から続かないのです。
これが本当の「くだらない」。
「くだらない」の語源は百済から大和朝廷にたいする(以下略)
167 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/12/31(日) 11:46:09 ID:vCTBLbZx
>>166
 了解しますた。中国文学の同僚とも相談しまして、以下の
ように訓めばよいのではないかという結論に達しますた。
なお、/vはレ点、/1/2/3はそれぞれ一二三点、/J/C/Gは
上中下点でつ。

秋七月、羅寅永・呉基鎬等創ル/2檀君教ヲ于京師ニ/1。
寅永等慨(うれ)ヘ/2宗國之危キヲ/1、欲シ/G闡-/2明ニシテ
國ノ祖ヲ/1以テ繋ガント/C人心ヲ/J、創ル/2檀君教ヲ于京師ニ/1。
所-謂(いはゆる)檀君教ハ者據リテ/G新羅ノ僧ノ古記ノ「檀君ハ
祭ル/2天ヲ摩尼山ニ/1」之語ニ/J而指シテ為ス/2主(つかさど)ルノ/v
天ヲ之學ト/1者也。自(よ)リ/v是レ其ノ説益(ますま)ス蔓(はびこ)リ、
至レリ/G以テ/2高句麗ヲ/1為スニ/C檀君之宗統ト/J矣。日本
欲シテ/3韓人親シク視ンコトヲ/2日本ヲ/1以テ為シ/G日本ノ上世ニ
有リテ/2天照大神/1與(と)/2韓邦ノ始祖檀君/1為(た)リト/C兄弟/J、
因リテ勸メテ/2尹澤榮・李載克二人ニ/1建テ/v祠ヲ以テ奉ゼシム/2
二神ニ/1。盖(けだ)シ因リテ/2韓人檀君教之説ニ/1而為ス/v此レヲ也。
澤榮等如ク/2其ノ言ノ/1行フ/v之レヲ。

秋七月、羅寅永・呉基鎬等檀君教を京師に創る。
寅永等宗国の危きを慨(うれ)へ、国の祖を闡明にして以て
人心を繋がんと欲し、檀君教を京師に創る。所謂(いはゆる)
檀君教は新羅の僧の古記の「檀君は天を摩尼山に祭る」の
語に拠りて、指して天を主(つかさど)るの学と為す者なり。
是れより其の説益(ますま)す蔓(はびこ)り、高句麗を以て
檀君の宗統と為すに至れり。日本、韓人親しく日本を視ん
ことを欲して以て日本の上世に天照大神有りて韓邦の始祖
檀君と兄弟たりと為し、因りて尹沢栄・李載克二人に勧めて
祠を建て以て二神を奉ぜしむ。盖(けだ)し韓人檀君教の説に
因りて此れを為すなり。沢栄等其の言の如く之れを行ふ。
168 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2006/12/31(日) 17:51:52 ID:CB4J8hY2
 こころみに上記の漢文を訳せば、以下の通りでつ。

秋七月、羅寅永・呉基鎬らがソウルで檀君教を起こした。
寅永らは祖国が危機に瀕していることを心配し、国の
始祖を明らかにしてそれで民心を国家に留めようとして
檀君教をソウルで起こしたのである。いわゆる檀君教は、
新羅の僧の古記に見える「檀君が摩尼山で天を祭った」
なる伝説に基づき、それを天を司るための教えとしたもの
である。これ以降その説はますます世間に流布し、遂には
高句麗までも檀君の系譜に連なるものと見なすまでに
なった。日本は朝鮮人に日本に対する親しみの気持ちを
持たせようとして、日本の神代にいた天照大神と、韓国の
始祖である檀君とは兄弟の間柄にあるとして、尹沢栄と
李載克の二人に祠を建てて二柱の神を祭るように勧めた。
思うに、朝鮮人の檀君教の説に基づいてこのようにしたの
であろう。沢栄らは日本人に言われるままにこれを実行した。
169 :香具山の光[]:2006/12/31(日) 21:27:51 ID:T4MvT00U
>>167-168
ありがとうございます。次スレが立ったら冒頭近くに転載します。
立たなかった場合は個人的に家宝といたします。いいのか?

こんなのがある。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=35997
「大韓民国で唯一の上古時代古朝鮮の遺跡地!! 」
「古朝鮮の歴史は神話ではないことが明白だ!!!」
「摩尼山塹星壇 (史跡第 136号)」
「塹星壇は大韓民国内の唯一の檀君遺跡だ.その事実の実際可否を別にして少なくとも
1,000年近く摩尼山は檀君が天に祭祀をあげた祭壇で私たち意識の中に入って来ている.
塹星壇の一番古い記録は高麗原種 5年 (1264年)に " 王が親しくこちらに上がって
天に祭祀を執り行なった " という記録と また, " 高麗史には塹星壇を置いて
"檀君が天に祭祀を執り行なった団で伝える" と記録していて これに延ばして
原種以前にもう塹星壇が設置されたことを言っているし光復以後に紹介された四書によると
" 檀君紀元 51年に檀君王倹に春秋で祭祀をあげるために塹星壇を積んだと言う./FONT>
これはB.C. 2282年にあたって高麗以後塹星壇は弔電人造 17年(1640年) 強化有数催石項によって
改築されて現在塹星壇重水費によく記録になっている.
地を象徴する四角い祭壇と空を象徴する原型の広場で造成された塹星壇は祭祀を執り行なう人まで含めば
布地. 地. イン三才が一席に具現された造形良識だ. これは "弘益人間" の理念をよく表現した席とする.」

「B.C. 2282年」ってあっさり言われてもなあ。
170 :香具山の光[]:2007/01/05(金) 02:30:39 ID:yTvhG62y
ハンギョレの檀君親日ネタ関連記事。「ジェントルマン」→「紳士」→「神社」でしょう。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bT,hT,uaHR0cDovL3d3dy5oYW5pLmNvLmtyL3NlY3Rpb24tMDA5MDAwMDAwLzIwMDEvMDgvMDA5MDAwMDAwMjAwMTA4MTQxODUwMDAzLmh0bWw=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
「 檀君も日本ジェントルマンに合リされるところ
国鳥檀君も日本ジェントルマンに合リされる所だった?靖国神社の朝鮮の犠牲者合リ問題が論難をもたらしている中に限り
·仕事併合直前の 1909年日製が檀君と朝鮮太祖を日本神話のゲグックシン(アマテラス呉加美)とジェントルマンに合リさせて
祭祀しようとする計画を推進した事実が現われた.
書誌学者である異種学(74) 社運研究所長は 1941年京城俯聴(現在ソウル市役所)が発刊した <京城副詞>で日製が親日あいさつたちと一緒に
`日韓神宮峰軽灰'を作って推進した神宮建立計画案と写真などを捜し出して 14日公開した.これら史料は日製が檀君さえ
日本ジェントルマンに合リさせて民族主体性を抹殺しようとする陰謀をはかったことを立証する証拠で
檀君実体を日製が認めたという根拠でも解釈されて注目される.
計画案は <京城副詞> 3枚 `東部支所区域' 便宜安岩洞昔の史蹟を紹介する内容の中一部分で
“1905年 11月京城統監府設置で保護政治の功績がすらすらと現われるによって旧韓国の維持たちが
日韓一体(日韓一体)の必然性に照らして日韓神宮峰軽灰を組織して檀君,天助代わり,朝鮮王朝太祖を
祭祀する祠堂を日韓神宮と名付けて京城部安岩洞重利に作ろうと計画を進行した”と記録している.
新王宮の跡地はアンアムゾング 124番地(現在高麗大理工大校正と敦岩洞の間) 1608坪.
旧韓国政府は敷地の中一部を 1909年 9月保安林で解除して官報に告示するなど建立事業を公式化したし,
ボングギョングフェはジェントルマンの停電と世宗大王妃を追加で含んだ碑閣配置計画,建築規則などを盛った
<神宮建築誌>(現在素材不明)まで発行した.」
(続く)
171 :マンセー名無しさん[]:2007/01/05(金) 02:33:15 ID:xMFSd2gK


★★ 9条は日本人の心の故郷論 ★★

故郷を変えるべきか? 変えないべきか?

http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news2/1167931221/l50




★★ 9条は日本人の心の故郷論 ★★

故郷を変えるべきか? 変えないべきか?

http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news2/1167931221/l50








172 :香具山の光[]:2007/01/05(金) 02:35:19 ID:yTvhG62y
>>170の続き)
「また事業発起人には興宣大院君孫李峻縁と乙巳五賊であります,ミンヤングフィなど名うての親日派人士と
日本高官高橋など 90余人が参加したことで出ているが工事は資材をところに積んでおいた状態で金詰まりに
腰砕けになったと記述されている.93年城北区役所発行 <城北区だ>にこれら内容一部を翻訳して載せた
手四つ角(73) ソウル市立大名誉教授は “ジェントルマンの三つの神位の中イルボンシンは天助代わり
一つだけだから日本ジェントルマン側が強く反撥して実際工事を中断させたことで見る”と言った.」(引用終了)
韓国語原文はこちら。2001年8月14日の記事です。
http://www.hani.co.kr/section-009000000/2001/08/009000000200108141850003.html

まあ無理もないけど、徹頭徹尾「日帝」が主体になっています。こういうやりかたを
続けているから旧日本軍最強伝説が生まれてしまうわけでして。
173 :マンセー名無しさん[sage]:2007/01/05(金) 02:52:56 ID:lW0xRim4
>>172
大院君って親日派だったんだ。
174 :マンセー名無しさん[sage]:2007/01/05(金) 08:26:16 ID:e0vIUz1A
>>172
「興宣大院君 孫子」とあるから、大院君の孫の李呵Oだと思うが。
175 :香具山の光[]:2007/01/11(木) 22:07:28 ID:YE97YcZU
檀君ネタをまったく期待せずに読んでいた『金生日にひれ伏す韓国』(趙甲済監修 徳間書店)
から「ウリ民族連邦制統一推進会議」議長・金スナム氏の言葉を引用します(112ページ)

「去る六〇年間、我々民族はヤンキーに魂を奪われた。ヤンキーが我々にキリスト教を注入し、
全国に広く教会が散在し、我々民族の象徴である檀君像を打ち壊してしまうことも
一度や二度ではなかった。植民統治の象徴であるマッカーサー銅像を撤去してこそ、
民族の魂を生かし、屈折した歴史を正すことができる。それでこそヤンキーの隷属から
抜け出し、統一も可能である」(引用終了)

話をそっちに持って行きますか?
しかし像を打ち壊すのがけしからんから、別の像を撤去しよう、って
何故破壊する方向性でしか物事を考えられないのでしょうか?(いまさら)

それからこの本の日本語版には「檀君」にかんする訳注が一切ありません。
いつの間にか、韓国に関する本を読むくらいの人ならば知っていて当然、
な知識になったのですね。感慨にふけりたくなります。
176 :香具山の光[]:2007/01/12(金) 05:39:45 ID:QbVX6uLQ
あ!>>175
>『金生日にひれ伏す韓国』

>『金正日にひれ伏す韓国』
に訂正します。

「民族・神話学」板に「日本の祖先を占う、檀君神話を学ぼう」なんてスレがあるのね。
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/min/1042041342/
なんか、さんみたいなのが立てたけど相手にされていない様子。
177 :香具山の光[]:2007/01/21(日) 21:10:32 ID:qrJbk2hf
さんが信奉していた檀君サイトに檀君の肖像画についての情報があった。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bF,hT,uaHR0cDovL3d3dy50YW5ndW4uY29tL2Jicy96Ym9hcmQucGhwP2lkPVRhbmd1bkd1ZXN0Jm5vPTc1Ng==,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
「現存する檀君影幀に対して
‘動詞油で’ などの昔の文献を見れば現存する檀君の影幀は新羅末期に ‘率去’ 画伯がグリーンのに記述されている.
当時は民間民たちが家ごとに檀君を仕えたから率去は一天枚に達する檀君の影幀を描いた事があった.しかし仏教国家である
高麗と儒教国家である李氏朝鮮を経ちながら率去の檀君影幀はほとんど消失してしまった.
1910年庚戌年,首を栗で入って来る日帝の圧迫に全国が震えながら緊張している時,大宗教(大〓教)をズンググァンしたナチョル
(羅〓, 1863~1916)に江原道溟州郡石屏山に暮しているという一年寄りが尋ねて来て黄金色な絹に包んだ率去の珍本(唯一本)
檀君影幀を伝えて帰ったと言う.
日製のおびただしい圧力で国の運命が警覚に近づいていることを感知したジバックリョン(池錫永の御兄さん) 画伯は率去の
檀君珍本を母体にして複写本を描いた後韓日併合の国恥で全民たちが泣きわめいた 8月 21日のすぐ前日彼が描いた影幀を奉安した.
その後,日帝の弾圧を避けてナチョル先生が満洲で身を避けながら総本司を移すと朝鮮の南道本社は護石(湖石) 雨降り(姜虞) 先生に任せられた.
雨降り先生は日製の捜索を避けて檀君の影幀を自分の家に移して屋根裏の中に深く隠しておいてから 1932年長男小石(小石) 強震区(姜鎭求)に
檀君のジョンヤングを守りなさいという遺言を残して作故こんにちはだった.
こんなに天真(天真)を受け継いだ強震区はまた彼の孫である姜県区に伝えたし,檀君のジョンヤングが尋常ではないことなのを悟った姜県区が
付与博物館に寄託して世に知られるようになった.」(続く)
178 :香具山の光[]:2007/01/21(日) 21:18:55 ID:qrJbk2hf
(>>177の続きです)「こんなに生き残った檀君の影幀は 1949年制憲国会から国鳥星霜に公認された.
ところで 1977年 8月に檀君崇奉(崇奉) 団体であるヒョンジョン回(顯正会)がまた一つの全然違った影幀を
政府の標準影幀で承認受けて標準影幀が二つになった.それは 1969年肖像画が金従来さんが描いた檀君影幀を
参考して新常勤さんが製作した檀君銅像をモデルにしてまた絵でグリーン洪石槍さんの影幀だった.
政府が承認した人々標準影幀の差を見ればヒョンジョン回の物には肩のニンニク葉がなくて,
大宗教の影幀にはあるのに政府側はヒョンジョン回の物は敬慕の対象で大宗教の物は
信仰の対象という笑うことができない怪変で紛らしてしまった.
檀君が帰ってからもう数千年が経ったしまた檀君の姿を盛った写真が残っていることもできないので
誰の製作した影幀が正しくて悪いと判断することができるか?
しかし現存する影幀に描写された檀君の姿は神話(神話)の中の檀君であることはできてもどんなことも
歴史の中の檀君であることはできない.
本低自家思う真正な檀君の姿は,少なくとも歴史の黎明期に躍動的な騎馬軍団を導いて広闊な満洲大陸を
征腹して統一した偉い英雄の姿だ.
檀君はわずか 14歳に外祖父の国に父王(副王)で就任した後まっすぐに軍隊を導いて辺方の敵方を服属させて
おおよそ 19年間を戦地で過ごした.また父王(父王)の国だった申時(神市) 配達韓国[倍逹桓国]を引受受けてからも
彼の大変君就任に反対する叛賊たちの内乱を押えるのにおおよそ 3年以上の時間と力を傾けてから
初めて天下統一を成してデジュシンゼグック[大朝鮮帝国]の入国を万方に宣布することができたのだ.
したがって檀君をジンギスカン(Genghis Khan)や,チウチォンファング(蚩尤天皇)に比較される大英雄の姿で描くことはできても
深い山里に座ってのんびりするにも(道)を磨いている神仙(神仙)の姿で描くことはできない.」(引用終了)
179 :香具山の光[]:2007/01/21(日) 21:46:11 ID:qrJbk2hf
>>177-178の原文サイトはこちら
http://www.tangun.com/bbs/zboard.php?id=TangunGuest&no=720

檀君の肖像画については、以下の新東亜マガジンの記事が取り上げています。
翻訳http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bF,hT,uaHR0cDovL3d3dy5kb25nYS5jb20vZG9jcy9tYWdhemluZS9zaGluLzIwMDYvMTAvMTMvMjAwNjEwMTMwNTAwMDM0LzIwMDYxMDEzMDUwMDAzNF8xLmh0bWw=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
原文http://www.donga.com/docs/magazine/shin/2006/10/13/20061013050
タイトルは「“檀君の本当の顔を捜します”‘まちまち’ 檀君初喪,‘一本化’からしてみよう」
でありますが、結論は「一本化してみよう」であって、「本当の顔」ではありませんでした。
まあいつもの事。
この記事の2〜3ページには具体的にいくつかの肖像画が挙げられ
由来や特徴について述べられています。
180 :香具山の光[]:2007/01/25(木) 05:25:26 ID:rFt9az+1
>>179の「“檀君の本当の顔を捜します”」の原文サイトはこちらでした。訂正します。
http://www.donga.com/docs/magazine/shin/2006/10/13/200610130500034/200610130500034_1.html
181 :香具山の光[]:2007/02/10(土) 00:44:31 ID:ahoXmxuX
人大杉で大変ですが、私は元気です。
>>11に書誌情報と原文、>>167に訓読文、>>168に翻訳のある
海東春秋の画像をお示しいたします。
http://www.tensyon.net/log/209.jpg
182 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/11(日) 21:47:16 ID:RG/4ug/8
新トリと共に新ネタいきます。
「東アジア地域研究」(東アジア地域研究学会 ISSN1340-7643)第12号 2005年7月 13-30p
「北朝鮮における『始祖檀君』教化の政治的背景 堀田幸裕」の14pから引用します。
「(前略)終戦後南北朝鮮の檀君論議で主張される『日帝による檀君抹殺』というのは、実証されえぬ、
彼らの『希望的憶断』であろう。
 実際に当時の植民地朝鮮で刊行されていた書物にも、建国神話として檀君の事が記されているものは
数多くある(8)。神話を前提として論じられているとはいうものの、『朝鮮の歴史では檀君と云う神人が降臨して
統治したが、支那から來た箕子(文聖王)に國を讓り・・・』という表現は、戦時下の朝鮮総督府発行の雑誌にすら
登場していた(9)」

26-27pから上記の文の注釈を引用します。
「(8)一例を挙げるなら、『平壌全詩 下』平壤商業會議所、1927年、1032−1034頁(ただし、韓國地理風俗誌叢書72、
  景仁文化社、1995年版による)。『調査資料第三十四輯 生活状態調査(其四)平壤府』朝鮮総督府、1932年、8、
  250頁など。」
「(9)岸謙「古朝鮮・樂浪時代の燈器」『朝鮮』3月號、朝鮮總督府、1942年、36頁。」
183 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/15(木) 21:33:02 ID:eHsFtTn7
>>182の論文28pから雑誌『開闢』1925年7月1日発行の通巻61号5周年記念号44p
「八道代表の八道自慢 附八道出品と八道余興」を引用します。オソン社影印1982年版によるそうです。
「皆さん、他のことはさておき、我が倍達国の初の一人のお父さん檀君始祖は、
どの道から生まれたのでしょうか?彼はすなわち、平安道の名山妙香山(太白山)で
生まれました(事実否認論者もいる)。皆さんは純に平安道人の子孫と言っても
過言ではありません(違うという野次が出る)。自己の先祖が出ずる所を
敬拝しなければなりません・・・」(引用終了)

日韓併合期に、こういうユーモア作品で檀君や倍達がとりあげられていたのですね。
全然抹殺されてないじゃん。
184 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/19(月) 23:16:45 ID:Nb4fJeRx
なんか出たようですね。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9F%93vs%E6%97%A5%E3%80%8C%E5%81%BD%E5%8F%B2%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%80%8D-%E6%B0%B4%E9%87%8E-%E4%BF%8A%E5%B9%B3/dp/4093877033/sr=1-1/qid=1171894225/ref=sr_1_1/503-7752699-2646328?ie=UTF8&s=books
「韓vs日「偽史ワールド」 (単行本)
水野 俊平 (著) 」
「嫌韓派もアンチ嫌韓派も目からウロコだ!
「日本は大百済帝国の植民地だった」「東洲斎写楽は韓国人だった」
日本と韓国の間にはこんな偽史があふれている。偽史には法則がある。
☆一度作られた偽史は暴走し、奇妙奇天烈な結果を招く 
☆偽史は何度もよみがえる 
☆自らの偽史は「歴史の再発見・再評価」、他人の歴史認識は「歴史の捏造・歪曲」に思う 
☆韓国では大マスコミも偽史にイチコロである 
☆日本人も韓国人も偽史にはまりやすいが、韓国人の偽史を批判すると大反発を招くetc.
前著(『韓国人の日本偽史』)で韓国の大学を馘首された著者がそれでも「学問のため」に偽史を暴く! 
これは嫌韓派にもアンチ嫌韓派にも目からウロコの書だ。
知っていますか? 日韓友好が偽史を育てていることを。」
「単行本: 288ページ
出版社: 小学館 (2007/2/14)
ISBN-13: 978-4093877039
ASIN: 4093877033 」(引用終了)

書店でちらっと見た限りでは檀君にも若干触れているもよう。
近日中に購入して報告しますが、新刊書という性質を考慮して、
引用は控えめにいたします。

185 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/20(火) 23:11:16 ID:HbcaqOtG
>>184の書籍を入手。檀君は申采浩の歴史観にからめて触れられている程度でした。
「大百済帝国」誕生と生成の詳細が載っていて面白かった。
日韓共作の偽史として、檀君をとり上げて欲しかった!

次回予告!>>182の論文を精読して、驚愕の事実が判明!

「ショック!北の檀君陵は日帝起源だった?!」

発表は当スレにて。放送予定はあさってです。
引用多めになる模様。乞うご期待。
186 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/22(木) 23:14:16 ID:1BWOqWaw
>>182の論文から北朝鮮の檀君墓発掘に関して18ページを引用します。
「発掘にとりかかるにあたり、金日成とある歴史学者の次のようなエピソードも明らかにされている(42)。
『老齢で』、『金日成の東明王陵、王建陵、開城一帯の歴史遺跡参観時に同行し』、
『学会で指折りの権威者』である歴史学者が錦繍山議事堂(金日成の執務室)に呼ばれた。
そこで彼は金日成から江東の檀君墓について、解放前に出ていた「開闢」という雑誌の
『八道代表たちの自慢』という記事で平安道代表が檀君墓自慢をしている事をどう考えるかと尋ねられた。
さらに金日成から、『檀君は「朝鮮」という初の国家を建てた文明開国の始原を開いた、
我が民族の原始祖です。ところが昔の人々が書いた歴史の本や今の本を読んでみても、
檀君は天の神と熊女の間に生まれた神話的存在ということです。この神話にどのように
向かわなければならないでしょうか。そして、彼が都邑をどこに定めて、彼の墓は
どこにあるのかという事です』と問われて、返答に窮する。なぜなら彼は、古朝鮮の首都が
遼東にあったと主張してきた人物に他ならなかったからだ。」(引用終了)
28ページの注記を引用します。
「(42)以下の記述は『檀君陵に宿った伝説』金ウギョン、トン・ギチュン、金ジョンソク
『錦繍山記念宮殿伝説集(1)』文学芸術総合出版社、1999年、180−190頁による。
この本の内容は、発掘隊が現地に到着すると李朝時代の墓守の子孫が出てきたり、
アメリカの戦争挑発策動に対して山が啼いていたりするなど、表題の如く
正に伝説じみたものとなっている」(引用終了)
187 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/22(木) 23:25:27 ID:1BWOqWaw
>>186の続き。本文の引用を続けます。
「このあたりのやり取りは、従来の学説と齟齬をきたす部分の調整を図る金日成の姿を描いた、
思想教化物語となっている。歴史学者は江東郡の檀君墓について、既に日本の盗掘などにより
資料が残っていない事などを具申するが、学者たちが偽の墓だというだけで、
きちんと発掘しないのは駄目であり、墓を発掘して古代史を正確に明らかに
しなければならないと金日成が一喝する。結局彼は金日成の言葉に逆らえるはずもなく、
その場にいた責任書記と共に言葉を失い、ただ首領様を仰ぎ見るのだった。」(引用終了)

え〜と、そうなると、北朝鮮の檀君陵は日帝統治下で発行された雑誌『開闢』の
>>183に引用した記事に関する、金日成の思い出話が発端だったということになります。
つまり、
「「ショック!北の檀君陵は日帝起源だった?!」
この種明かしはまた後日…。
188 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/24(土) 00:41:58 ID:kqnyL59i
ケンチャナヨ爆弾炸裂しますた。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=84883&servcode=400§code=400
「古朝鮮「神話」から「歴史」に…高校課程教科書修正
今年から高校1年が習う韓国史教科書の「檀君王倹の古朝鮮建国」に関連した部分が
「物語」から「歴史的事実」に変わる。
教育人的資源部(教育部)は、23日「古朝鮮と青銅器文化」の部分がこのように
修正された国定の韓国史教科書を、新学期から普及すると伝えた。修正した部分は
「韓国史」の32ページにある「三国遺事(サムグクユサ)と東国通鑑の記述によれば
檀君王倹が古朝鮮を建国したという(紀元前2333年)」の部分。
教育部はこれを「三国遺事と東国通鑑の記述によれば檀君王倹が古朝鮮を建国した」と
断定する表現に変えた。国史編さん委員会のチャン・ドクジン室長は
「これまで、史書には出てくるが、考古学的な証拠が不十分だった古朝鮮の建国時代が、
最近の研究成果を通じて明確になったため、記述を変えた」と説明した。
これを裏付ける研究結果は、古朝鮮建国の背景を説明した27ページにある。
従来の「紀元前10世紀」とした韓半島の青銅器到来時点を
紀元前2000年〜1500年ごろに訂正したのだ。
同部分を執筆した崔夢龍(チェ・モンリョン)ソウル大古考美術史学科教授は
「江原道の旌善・春川・洪川(カンウォンド・チョンソン・チュンチョン・ホンチョン)、
京畿道加平(キョンギド・ガピョン、仁川桂陽区(インチョン・ゲヤング)、
慶尚南道晋州(キョンサンナムド・チンジュ)などで最近出土した遺物に基づき
韓半島に青銅器文化が伝来した時点を繰り上げた」とした。」(引用終了)

あ〜あ。知らないよ、どうなっても…

189 :マンセー名無しさん[]:2007/02/24(土) 04:59:31 ID:9F9yxY7n
檀君神話を史実として教科書へ。青銅器文化もこれまでより1000年さ
かのぼらせる。
めちゃくちゃですね。
190 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/02/25(日) 01:58:46 ID:qkXOvHUV
>>188 香具山の光 ◆DggDNxLJrs
東アジア+板にスレッド立ってるニダね。

【歴史/韓国】古朝鮮「神話」から「歴史」に…韓国高校課程教科書修正【2/23】
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1172253308/

来年はこれ(↓)もウリナラ狂科書に載せるニダ! ライバル仲間 由紀恵さんはンナに似てるニダ。

【琉韓】沖縄人の起源は韓国移民によって建国されたという学説がネット上で話題 [02/24]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1172293525/

ホルホルホル‥‥‥
191 :マンセー名無しさん[sage]:2007/02/27(火) 13:37:19 ID:Ogg6c3RM
史実にする必要はないでしょう。
ヤマトンチューみたいな狂信者には辟易ですからね。
192 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/27(火) 23:45:08 ID:jK513YIu
>>185>>187
>「ショック!北の檀君陵は日帝起源だった?!」
この種明かしをばいたします。
>>183>>186に出てくる雑誌「開闢」に関する韓国の百科辞典の機械翻訳。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bF,hT,uaHR0cDovL2lwY3AuZWR1bmV0NHUubmV0L35rb3JlYW5ub3RlLzEyLzEyLSVCMCVCMyVCQSVBRS5odG0=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
「●開闢(開闢) : 1920年 6月 25日創刊.最初の本格的総合紙
*背景
3.1 運動以後天道教(天道教)を背景に発行された月刊総合紙.社長催宗正,編集であるこのお金化,
発行であるこの二つ性,印刷であるミンヤングスン,印刷所は新聞官であり,家毎菊判 160面内外だった.
この雑誌は我が国の開花期の他の雑誌たちに比べて比較的財政が心強くてはじめから野心と抱負を持って出発した.
天道教の電信である東学党の支援をもらったということは [開闢]地の性格と方向を決めるのに重要な背景になる.
ところで初号が日帝総督府の脾胃にゴスルリンダして押収されたし,二日後の 27日に発行された [開闢] 号外(号外)も
日製政府のギフィ(忌諱)に押収されて仕方なく三日後にまた臨時号を発行した.このように角い試練を経験したが
読者たちの悲壮な呼応を得て 20年 8月 17日には臨時号の裁判を発行したりした.
開闢誌は発行期間の中で発売禁止(押収) 34回,停刊1回,罰金 1回の受難にあって 26年 8月 1日に
72号を終りに強制廃刊されてしまった.[朝鮮日報],[東亜日報],[毎日新報] などが
廃刊措置に対する抗議記事を年間である積んで,天道教青年党と関西記者団を含めた各種団体が
日製の言論弾圧に日製抗議したが結局蘇生する事ができないg.
発行されるうちに民衆の自主意識と自由思想,そして独立精神を鼓吹させることに大きく寄与した.
また当時に広まるした '民族自決主義'と '改造株の'を紹介して韓民族に夢と希望を植えてくれたし,
民族大同団結,国産奨励運動を提唱したりした.(原色 [東亜世界台百科事典] <開闢>)」(引用終わり)
193 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/02/27(火) 23:48:58 ID:jK513YIu
>>192の続き)

ああ、なるほど、朝鮮独立志向の強い雑誌だったのね、と思いきや。
http://www.han-lab.gr.jp/~cham/ajiwau/chap4/chap4.html
こちらの「三枝寿勝の 「韓国文学を味わう」第 IV 章 近代史を生きた李光洙」によると
李光洙(後に香山光郎と創氏改名。私のHNの元ネタ)の物議を呼んだ「民族改造論」
を掲載したのも、「開闢」なのです。さんは彼を「狂った親日派」と呼んでいたな。
金日成の若き日々における読書傾向が推察できて、大変に興味深い。
そして、その結実が、あのコンクリート製のお墓だと思うと、朝鮮における
思想というものの運命のもつ悲劇性に思いを致さざるをえません。
194 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs [sage]:2007/03/03(土) 00:29:55 ID:rVHpcn/a
なにかもめているもより
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/27/20070227000008.html
「韓国史教科書:中国誌が批判「慎重さに欠けた行動」
教育人的資源部が新学期から使用する国史教科書(国定)で、檀君王倹の古朝鮮建国を以前よりも
明確に記述し、韓半島(朝鮮半島)で青銅器文化が始まった時期を500年から1000年早めたことについて、
中国のマスコミが「慎重さに欠けた行動」と批判した。
上海で発行されている日刊ビジネス専門紙・東方早報は26日、「韓国当局が慎重さに欠けた態度で、
学界の執拗(しつよう)な要求を受け入れ、驚くべき行動を取った」と歴史教科書の改正内容を紹介した。
また、1990年代の韓国の歴史教科書が「韓民族(朝鮮民族)の先祖が紀元前8000年にパミール高原から韓半島に移住し、
満州族に文化を授け、中原の黄河文明に影響を与え、紀元前7000年に日本文明を創造した」と記述したことも
「荒唐無稽(むけい)」と主張した。
しかし、同紙が引用した韓国民族の起源に関する内容は韓国の歴史教科書には記載されていない。」(引用終了)

195 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/03(土) 01:19:38 ID:rVHpcn/a
>>194の元記事を見つけました。
http://www.dfdaily.com/dfchannels/wenhua/hanguojiaokeshu-tanjunzhuanshuichengxinshi/?searchterm=韩
以下は機械翻訳の引用。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-CJ,bF,hT,uaHR0cDovL3d3dy5kZmRhaWx5LmNvbS9kZmNoYW5u
ZWxzL3dlbmh1YS9oYW5ndW9qaWFva2VzaHUtdGFuanVuemh1YW5zaHVpY2hlbmd4aW5zaGkvP3NlYXJjaHRlcm096Z+p5Zu9,qlang=
ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,k04555fbdc0beff4fbe219b1fd9a6a982,t20070303125257,
「韓国テキスト:檀君は成信歴史を言い伝える2007-02-26 01:53
早く消息がその慎み深くない態度によって学界詬病の韓国歴史テキストを受けることに備えて、
先日、再度凄いものが挙がることを告げる:檀君の古い朝鮮の噂を建設することに成信歴史を変える、
韓国中学校をして、高校韓国歴史テキスト中記載の朝鮮半島青銅器時代は時間を開始して1000年を早める。
古い朝鮮は建国する過程今回正式な組み入れた韓国歴史テキスト。韓国以前の高校歴史テキストの32ページ屋は話す:
“《三国事跡》と《東国は記録する》中に基づいて称する、伝えるところによれば檀君主が倹約して古い朝鮮を建設したことです。”
ただ新しい高校歴史テキストはこの1の肝心の部分を変える“檀君主は倹約して古い朝鮮を建設した”、中学校歴史テキスト中也はすでに
“檀君主は倹約して古い朝鮮を建設した”を書き上げる。
韓国媒体は称して、韓国は人的資源部に23日に示すことを教育して、今年新学期から中学校を新編することをすぐに採用することを開始する、
高校テキスト、新しいテキストは青銅器時代の開始時間に“紀元前10世紀(紀元前1000年)”から“紀元前20世紀である(紀元前2000年)−
紀元前15世紀(紀元前1500年)”修正してなる。」
(引用続く)
196 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/03(土) 01:24:08 ID:rVHpcn/a
>>195の続き
「 韓国は2006年の版高校国史テキスト“古い朝鮮と青銅の器文化”篇と章中に“学界にはしかし異説があって、を話すことに注釈することがあり
ただ韓国青銅器時代はからまで紀元前10世紀は遡及する紀元前の20−15の世紀”。それで新しいテキストはいっそう確定的な話しぶりによってすぐに
このちょっと原文に入れることに注釈する。
韓国の古いテキストの原文はそうです:“継の新しい石器時代以後、朝鮮半島は紀元前10世紀前後に青銅器時代に入って、いっぱいの洲地区は
紀元前15世紀の−紀元前13世紀前後は青銅器時代に入る。にいる”それで新しいテキストの原文は修正して:“(省略)しだいに青銅器時代に入る。
紀元前2000年から紀元前1500年まで、朝鮮半島青銅器時代は正式に開始する。”
称すると報道することがあって、韓国のいくらかの学者は示して、今回政府は最も性急であったと決定して点を打つ。
韓国中央博物館館長を歴任する李健茂は話す:“青銅の器年代問題、差し当たってまだ半ばを研究している。
まだ学界充分な検証以後を経ていなかったことがあって、テキストに明示しようと決定して、問題がある。”
出鱈目の韓歴史テキスト
1990年代の版の韓国歴史テキストは以前に朝鮮族の祖先は紀元前8000年に揚言してからまででパミール高原は遠く渡る
移転朝鮮半島、道で覚めていっぱいの洲の”紅山は文明です”を促して、中原の“黄河は文明です”を飼って、
ともに紀元前7000年の東に日本を渉る、日本文明を創造した。
韓国テキストは同様に以前に韓国と称することは世界上の初めの発明の紙の国家で、初めであることが金属印刷機を
発明する国家。林均沢の《韓国歴史》はさらに古代朝鮮と出鱈目で考えて以前に現中国大部地区を統治することで、
学界が1の駁に値しないことと考えられる。」(引用終了)

>>195に貼った機械翻訳はURL全体をコピーしてアドレス欄にペーストしてください。
197 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/07(水) 23:31:14 ID:laHN/OzZ
ありゃりゃ。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E6%9D%B1%E6%96%B9%E6%97%A9%E5%A0%B1&lr=&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2
「?方早?网
?方早?官方站。含?子版本及网上??。」
とグーグルに注記のある東方早報のサイトがつながらなくなっていますね。
http://www.dfdaily.com/
よって今のところ、>>195-196の元記事と翻訳のコピペ源を読むことはできません。

どっかの誰かからF5攻撃でも受けたのかな?
198 :マンセー名無しさん[]:2007/03/07(水) 23:49:37 ID:c43SMWoX
えらく手の込んだスレタイだなw
199 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/08(木) 00:54:50 ID:69T5Sg9z
>>198
わかりますか?w
スレ内部にも、いろいろ地雷を仕込んでおりますので。
探知がてら楽しんでいただけたら幸甚。
200 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/16(金) 00:58:46 ID:ZT/2KnSu
>>188の中央日報の記事とは違い、朝鮮日報は今回の教科書改定は檀君の歴史的
実在を主張するものではない、と解釈しています。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/25/20070225000011.html
「韓国史教科書:学界から異論「学問的根拠乏しい」(下)
 一方、古朝鮮に関する記述については、学界からの異論は特に出されていない。
 それは、「三国遺事や東国通鑑の記録によれば、檀君王倹が古朝鮮を建国し
たという(紀元前2333年)」との記述を「建国した」に修正しただけに過ぎな
いからだ。「紀元前2333年に古朝鮮が建国された」と古朝鮮の建国時期を「事
実」として記述したわけではなく、「三国遺事などによれば…」と但し書きが
ついているので、実際の内容が大きく変化したわけではないという理由だ。」(以下略)

http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bF,hT,uaHR0cDovL2Jsb2cuZW1wYXMuY29tL2FyaXJhbmcyMS8zNzEzMzgx,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
しかし、こちらのサイトには「檀君は神話ではない我々の国祖」という
1986年10月9日付の朝鮮日報の記事が写真つきで公開されています。
(韓国語原文はこれhttp://blog.empas.com/arirang21/3713381
「*次はイ・ビョンド博士が死を三年控えている時点で一生自分の学説を覆して
檀君朝鮮の実在を認めた記事で 1986年 10月 9日朝鮮日報に積まれた文だ.
当時史学係のおさめた豆渓イ・ビョンドのこの懺悔記事は朝鮮日報特集記事で
 1面に載せられるほど社会の波長はおびただしかった.植民史観と親日派たちに
義解隠された韓民族の古代史が解放後世の中に初めて現われた瞬間だったからだ.」(引用終了)
201 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/16(金) 01:27:07 ID:ZT/2KnSu
韓国で出版されている漫画「桓檀古記」の紹介記事。
檀君が熊の子だと描写している三国遺事を、檀君に対する侮辱だ!
と地面に叩きつけて足で踏みにじっています。面白過ぎる。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-KJ,bF,hT,uaHR0cDovL2Jsb2cuZW1wYXMuY29tL2FyaXJhbmcyMS8zNzEzMzgx,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
韓国語原文はこれhttp://blog.empas.com/arirang21/3713381
檀君を尊重するあまり、檀君神話を否定する。自縄自縛とはまさにこれなり。
202 :マンセー名無しさん[sage]:2007/03/16(金) 07:08:17 ID:CqMAduIn
>>201
リンクが、>>200のものと同じものを貼ってませんか?
203 :マンセー名無しさん[]:2007/03/16(金) 09:36:03 ID:XSHBJDtN

でも恵村順一郎だって、
アエラ編集部時代、派遣社員の席に
従軍慰安婦って張り紙して遊んでなかったっけ?

204 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/16(金) 12:41:02 ID:ZT/2KnSu
>>202
あ!すいません。ページを変えてもアドレス欄のURL表示が変わらないサイトでした。
厨房だとバレてしまった(汗
本文の一部をググらせて、同じ内容のサイトを見つけました。これです。
http://www.choonggyuk.com/zb41/zboard.php?id=hwoajae&page=1&sn1=&divpage=1&sn=off&ss=on&sc=on&select_arrange=subject&desc=asc&no=3911
こちらも同じマンガが引用されていますが、なにやらユーラシア大陸の広大な
地図が示されていますな。
グジャラート文字はウリナラ起源らしいです。
http://www.sangju.go.kr/citizen/citz_f04_v.php?idx=22685&pageno=177&SearchType=&SearchString=
205 :ヽゝ゚ ‐゚ν[]:2007/03/16(金) 22:58:34 ID:XoD8U0c2
>204
絵Graphicだけでなんとなくわかるんだが、
念のため、「日本語」訳を!
206 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs [sage]:2007/03/17(土) 00:19:27 ID:J1vvctyN
>>205
「(ハンゼギュマンガハンダンゴギ) (1) 檀君が熊の子なのか ?
(運営者愚痴)
教科書を筆を執る者等といわゆる主類だと言う者等(代表的なゴ−ルビンハックザソングOO)が主張する
"檀君熊云云"する気が抜けた奴らは彼ら故郷である動物園 "熊私たち"で返すと (^.^)
それとともに開天節を遊ぶまずグヨックサ根をまともに分からなければならないし他の国振り撤く分かるのに製造上根分からない
これは号で子たちだマンファハンダンゴギをハンボブ見ましょうズルガムしてね ^0^
参照で根をまともに分かったら神様(葬祭様も) 知るのになるはずで証OO まともに知るのになるでしょう」

「(感謝あいさつ : 一部引用を承諾してくださったハンゼギュ教授に感謝のお話を伝えます)
(ハンゼギュマンガハンダンゴギ(2) ,檀君が熊の子だと ?(二番目話))
ハンゼギュ教授の "マンガハンダンゴギ"を檀君の方二番目文を書きます
総 3冊(権当たり 280ページ)になっていて全部紹介は不可能なので
詳しいことは大韓教育保険/永豊文庫などで参考してください
マンガに再構成された我々の歴史は本当に面白いです
我家小僧たちも面白いと言います
全国チォズングハックギョに一冊ずつ振り撤いたらと思います
(一人で考え : 意のある篤志家の出現を期待します)
絶対私たち古代史を理解することができなくてはこのようなマンガで現わすことができないです
内容中檀君誕生部分とチウチォンザ部分だけ連載します
ハンゼギュ教授もし李ホームページ見ても国史広報次元であげることだから咎めないでください
国史を愛するネチズンたちの欲求を少しでも満たしてくれるための努力の一環で面倒を見てやってください
ありがとうございます」

以上がテキストの翻訳。漫画の台詞は画像として処理されているので、
日本語訳は私には無理です。専門家にあたってください(ペコリ
207 :マンセー名無しさん[]:2007/03/23(金) 11:37:20 ID:/4q/JciG
檀君は万神の祖。すべての神
の頂点に君臨する最強神であ
る。そしてその檀君の直系で
ある韓民族こそ神の子であり
世界を統べる唯一の存在なの
である。
208 :マンセー名無しさん[sage]:2007/03/23(金) 11:40:59 ID:lFa0bKCF
燃え上がれガンダム、まで読んだ
209 :マンセー名無しさん[sage]:2007/03/23(金) 17:25:02 ID:xklHt/Vx
>>207
帝釈天の孫を自称するのはやめたのか。
210 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/24(土) 00:03:26 ID:5w8H1Qde
Oversea Korean Foundation(「在外韓国人基金」?)が著作権を主張しているサイトの日本語版
http://jpn.korean.net/main/main_index.jsp
で、「文化」→「文化ズーム」→「民族の魂話」と進むと「伝説/民話/神話」の
ジャンルに「檀君」という項目がある。
http://jpn.korean.net/wcms/list.jsp?pageID=04025255&bID=22449&byid=5
「おじさんに聞かせてもらった話ですが、 檀君の話をします。
昔々大昔、人が飯の木からご飯を採って食べ、服の木で服を採って着て生きた時代に、
檀君お爺さんが誕生することになった話です。檀君お爺さんがどういうふうに誕生したかと言うと、
空から落ちてきたとも言えるでしょう。人間が一人空から落ちたんです。
自分がどこに落ちたのかも知りません。落ちてからどうすれば人間を生むかも知りませんでした。
そのヤンバンがどんな格好をしていたかと言うと、この人の男根が物凄く大きかったのです。
長さが約20メートルもあったそうです。その時、誰に頼って暮せば人間を生むことができるだろうかと考えては
パートナーを求めたそうです。しかし虎も、豚も、鹿も、そしてあらゆるけだものがこぞって断ったそうです。
ところが熊は洞窟の中にいてその男根を受け入れたそうです。そうやって生んだのが檀君だそうです。
そしてその次に狐がそれを受け入れたが、狐の生んだのが箕子(ギジャ)だそうです。
そのため「檀君千年箕子二千年」と言うのです。熊が生んだのは男で、狐が生んだのは女だそうです。
男は熊が生んだから愚鈍だそうです。熊は愚鈍なけだものですよね。狐は可愛くないですか。
それで狐の生んだ女は可愛いそうです。狐もあそこがとても大きかったそうです。
人間が出てくる時はそこから立ってゆっぐりと歩いて出て来たそうです。 」(引用終了)

な、なんじゃこりゃ?こういう語り口もあるのね。「民族の始祖!」なんていう
しゃちこばった言説よりも好感がもてます。
211 :マンセー名無しさん[]:2007/03/25(日) 19:32:03 ID:pei8vv6O

「桓檀古記」は、三聖紀、檀君世紀、北夫食余紀、太白逸史の四書の書物を
合わせて一書となし、凡例と跋文を付したものである。

檀君の降臨記事は三国史記(1145年完成)には無く、三国遺事(13世紀末)
に初めて出てくるものだ。また、三国遺事における檀君は一代のみで、
約1900年にも渡って国を治めた一種の神仙として描かれている。
その一代のみの神仙だった檀君が、桓檀古記では長大な王朝とされている。

全体を通して見られるのは、檀君の建国から高麗までシナに対して独立を
守ってきたという吟持と、倭は一貫して朝鮮の属国だったという主張である。

本書によると、檀君朝鮮の領土は朝鮮半島・満州に止まらず、華北・山東
からモンゴル、西域まで広がっていたとされる。さらに檀君朝鮮に服属した
とされる国名の分析から、その勢力圏がメソポタミアのシュメール文明をも
含んでいた、と説いた研究者もあった。また、ハングルは、すでに第三世
檀君の時代に原型となる「加臨土(カリント)」という文字が作られていたという。

1979年、日本の古代史研究家・鹿島昇は、ソウルで在野歴史研究グループ
と接触、本書の刊本を託された。鹿島は、漢字の白文だった本書を全て
読み下し、自らの研究の成果を盛り込んだ詳細な注釈を付けた。

鹿島による『全訳桓檀古記』はやがて韓国に逆輸入され、一大ブームを
巻き起こすことになったのである。本書を信奉する在野歴史研究グループ
は政府に圧力をかけ、結果として彼らの主張は1990年以降の韓国歴史
教科書に大きく反映されることになる。

桓檀古記に日本に関する記述が頻出しているのは、一見、日本を属国視
しているようで、実は真の著者が抱く親日的傾向の表れではないかという
批判もあった。実際、本書を読むと戦後日本の古代史ブームの中で生まれ
た説をたくみに取り込んでいるような所がある。こうなると本書の成立は、
日韓併合時どころか、独立後ということになってきたのである。
212 :マンセー名無しさん[]:2007/03/25(日) 19:33:14 ID:pei8vv6O

どのように日本古代史を取り込んだか、その例を挙げてみよう。
まず、太白逸史より、大震国が奈良時代の日本と修交するにあたって、
両国の深い繋がりを探ろうとした、という箇所。

「日本に旧くは伊国有り、また伊勢と曰ふ。倭と同隣す。伊都国は筑紫に在り。
また即ち日向国なり。これより以東は倭に属す。即ち盤余彦の古邑なり」

この盤余彦という人物は何の説明も無く突然出てくる。朝鮮史においては、
この人物は存在しないが、日本史なら、すぐに該当する人物を見つけ出せる。
神日本磐余彦尊、すなわち神武天皇その人である。ちなみに伊都国が日向
であり、神武天皇の発進地で、そこには伊勢神宮の原型まであったという説
は、考古学者・原田大六が、1966年に著書『実在した神話』で発表したものだ。

この文章の真の作者が原田の著作を読んでいた可能性は高い。
戦前の日本の教科書で教育を受けた韓国人にとって神武天皇は馴染み
深い人物だったはずだ。真の著者は、神武天皇が李朝初期の朝鮮人に
とって、説明不要で済む人物ではないということを、失念していたようである。

日本神話の神をちょっとした書き換えで檀君朝鮮の人物にした例もある。
檀君世紀には、第35世檀君の事績として次のように書いている。

「戊午五十年、帝、将・彦波弗哈を遣わし、海上の熊襲を平らげしむ」

熊襲といえば、記紀で九州に居たとされる部族だろう。その熊襲を討伐した
将軍のモデルは神武天皇の父、ウガヤフキアヘズである。
「彦波瀲武鵜草葺不合尊」この名を省略して「彦波」「不合」だけ残し、あとは
少し字面を変えれば檀君朝鮮の武将の出来上がりだ。

日本人からそのことを指摘されても、 「その通り、神武天皇は檀君朝鮮の
一武将に過ぎなかった。どちらが宗主国だったかは明らかだ」と答えればよい。
213 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/03/26(月) 00:28:27 ID:jn88TpPB
>>211-212
ご解説ありがとうございます。
一週間以内に、桓檀古記(鹿島昇訳)から、檀君に関する部分を引用する予定であります。
「文化大進」とか「地上最高之神」なんて語句がでてくるから、
近代の産物には違いございませんが。
214 :マンセー名無しさん[]:2007/03/31(土) 18:41:26 ID:6BxSWjGg
檀君が降臨した白頭山(長白山)は、満州族の聖地でもあるんだよね。
215 :マンセー名無しさん[sage]:2007/03/31(土) 20:19:08 ID:6zvzNO+t
>>214
檀君が降臨したとされる太白山には、伝統的に平安北道の妙香山があてられて
きました。白頭山だと言い出したのは申采浩で、近代になってからのことです。
朝鮮史は一から十までこんな調子なので、裏取りが欠かせません。

満洲族の聖地というのも、実は結構怪しい話で、ちゃんと祀るようになったの
は康熙帝の時代になってからです。素朴な山岳信仰みたいなものなら、それ以
前からあったかもしれないけど。そもそも長白山一帯は人の住めない密林で、
康熙帝が調査を命じるまで、中央政府は地理をちゃんと把握してませんでした。


最近、個人的には蚩尤の神話を朝鮮史に取り込む過程に興味があります。もし
よろしければ、檀君だけでなく、蚩尤にも目を向けてください。

連中が蚩尤に目をつけた理由はいろいろあるんだろうけど、黄帝の宿敵という
のが大きいと思います。清末から支那の民族主義者が、「黄帝は中華民族の祖」
などと言い始めたことに対抗している気がします。
216 :ヽゝ゚ ‐゚ν[]:2007/04/01(日) 00:06:42 ID:KHlGs24H
>215
蚩尤は黄帝にやられちゃった。
宿敵かもしれんがネガティブなものを選ぶのが理解できない。
昔も今もやられちゃってる、ことになる。

史記は捏造、司馬遷の歴史認識はおかしいとかやりだすのか?
217 :マンセー名無しさん[]:2007/04/01(日) 16:33:47 ID:2rzzQ4zd
中国の軍隊は地域との関係が深く、一種の軍閥的要素があるとされる。
中国東北地方を管轄する瀋陽軍管区は満州族が大きな影響力を有している。

また、高句麗や渤海が中国の地方政権か朝鮮民族国家かを巡って韓国と
激しく対立する「東北工程」と呼ばれる中国の歴史認識運動、更には今年2月に
吉林省長春で開催された中国で初の冬季アジア大会で長白山が中国のシンボル
として取り上げられ、韓国人選手団が「白頭山は韓国のものだ」と抗議したことで
話題となったことも、中国と韓国の対立というよりも満州族と朝鮮民族の対立
という色合いがある。

清と李氏朝鮮は17世紀前半に軍事衝突を経験し、その結果、李氏朝鮮が清に
服属しているが、朝鮮半島の南北分裂という違いはあるものの、四世紀前の
対立が繰り返されているようにも思われる。

あるいは韓国をシーパワーによる半島南部の占領地域と捉えるならば、
豊臣秀吉の朝鮮出兵による占領地域が現在の韓国に相当するのかもしれない。
218 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/01(日) 21:16:14 ID:Hj0Sk5kL
『桓檀古記 大韓民族史』(訳者 鹿島f、発行者 歴史と現代社、発行人(株)新國民社)を入手。
ちなみに発売人は大韓民国在郷軍人会日本支会会長なんだって。へ〜。
ヨモギとニンニクを熊と虎に与える話は「三聖紀全 下編」にでてきます。
与えたのは桓雄になっているのですが、「これと婚を為し、懐孕して子を生み、張有らしむ。」
とだけあって、その子がどうなったのかが書いていない。
神市歴代記に一世が桓雄天皇で、その十八世が居弗檀桓雄、或いは檀雄という、とあります。
そして檀君世紀の冒頭近くに「王倹の父は檀雄にして、母は熊氏の王女なり」とあります。

「桓雄天皇」という表記がしみじみと面白い。>>202のご指摘の通り、神武天皇は檀君の部下だった
と主張しているのに、その祖先を「天皇」と称する。
>>115で引用した論文の一節をまた貼りますね。
「近年のポストコロニアルに関する議論の中で指摘されている通り、植民地の支配者と被支配者との間には
『両義的(アンヴィバレント)』な鏡像関係が存在する。つまり、『植民地の被支配者は、帝国の中心に
存在すると想像した真正なる支配者の像を延々と擬態しなければならず、しかし、決してその像と
同一化することはできない。』日帝下の朝鮮において、まさに『檀君』は、敵国の支配者である『天皇』に
代替しうる『両義的(―敵と同等の価値を持つも同一ではない―)』な歴史的象徴として機能した。
こうして、再発見された『檀君』を中心に、『帝国日本』に抵抗するための新たな対抗言説が、
『支配/被支配』の対構造をなす植民地的言説空間の中に、両義的な鏡像物として
構築されていったのである。」(引用終了)
これが見事にあてはまる、好個の現代史史料と言えましょう。
219 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/01(日) 21:31:09 ID:Hj0Sk5kL
で、笑っちゃうのが全体の「凡例」。
「『古記』引用の始まるは、一然氏の『遺事』よりなり。
 而れども今、その『古記』見ることを得べからず。
 乃ち「三聖紀」「檀君世紀」「北夫餘紀」「太白逸史」を
 以て合せて一書と為し、名づけて『桓檀古記』と曰う。」

証拠がないから後でまとめたんだそうです。まるで、さんの論法。
この凡例を書いているのが桂延寿。そう、>>146-147で触れた、
親日檀君教団に天符経をもたらした実在しない人物!天符経自体、桓檀古記に含まれていました。

嗚呼、反日と親日はあざなえる縄の如し。
220 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/01(日) 21:58:09 ID:Hj0Sk5kL
>>218
>>202のご指摘の通り、神武天皇は檀君の部下だったと主張しているのに、」

>>212のご指摘の通り、神武天皇は檀君の部下だったと主張しているのに、」
に訂正。さらに言えば、正確には神武天皇の父親を檀君の部下だと主張していたのですね。
221 :マンセー名無しさん[]:2007/04/01(日) 22:50:35 ID:itdLb3co
【略して】男根崇拝創始者は親印派【男根親印スレ】

222 :マンセー名無しさん[]:2007/04/02(月) 18:55:10 ID:XJZ/37p8
>>216

蚩尤が乱を起こしたというのは捏造で、神農氏に謀反を起こした
黄帝を討とうとしたのであって、蚩尤こそ正統という設定にするとか。
223 :マンセー名無しさん[sage]:2007/04/02(月) 22:03:32 ID:Z3KT9WMm
>>216,222
どこかに負けをいれとかないと辻褄が合いませんからね。

彼らに辻褄という概念があるとしてですがw
224 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/04/06(金) 02:55:07 ID:u9udvahh
>>219 香具山の光 ◆DggDNxLJrs

地道な探求とカキコ、お疲れ様ですニダ。
研究してる人にこのスレは貴重な資料となってるのでしょうニダ。

> で、笑っちゃうのが全体の「凡例」。
> 証拠がないから後でまとめたんだそうです。まるで、さんの論法。

ワロタ。
225 :マンセー名無しさん[]:2007/04/08(日) 17:25:52 ID:YCRgh8fo
大東亜戦争の終結を目指して朝鮮半島に進出したソ連軍は半島北部を
武力制圧し、日本の敗戦決定と同時にここに共産主義国家の建国を決定する。
北朝鮮建国はすなわちスターリンの意思だった。

そのスターリンの代弁者として建国に関わったのが朝鮮共産党北部朝鮮
分局であり、それは後に北朝鮮臨時人民委員会という政府組織に発展する。
この委員会の委員長こそスターリンの傀儡である金日成だった。

朝鮮戦争後の労働力不足、深刻な経済危機、さらには支那とソ連との対立
という構図のなかで、窮地に追い込まれた金日成は北朝鮮独自の路線樹立
とその貫徹を考えるようになる。

ここに強力な影響力を与えたのが、彼の側近の金策(キムチェク)である。
金策は北朝鮮政府内の主流勢力だった親ソ連派を粛清して壊滅に追い込み、
金日成独裁政権を誕生させた。この手柄により彼の出身地とされる城津は
「金策」と改名され、また金策工科大学という大学が作られたり、金策を冠に
置いた工場や研究所が生まれている。

朝鮮民族はその歴史の流れの果てに、国家・民族より宗族を尊重するという
独特の族譜(本貫図)を持つようになった。わかりやすく言えば、国家よりも
民族よりも身内が大切、一族郎党を大切にするという姿だ。

金策はこの本貫図を強制的に取り上げ、廃棄し、まったく新たな民族構成図
を作成した。それは朝鮮民族の父祖を「白頭山に誕生した壇君神話」に求め、
それが「金日成を一族とする朝鮮族に至る」という建国神話の創出だった。

朝鮮半島の民は、常に同族内の対立が原因で周辺国の介入を招き、それが
元で自滅していく。本貫図を廃棄し新たな「金日成一族」意識を持たせること
により、いわば日本の天皇制のような構図を半島の民に授けたと言える。

金日成の独特の理論とされる主体思想とは、「思想における主体、政治に
おける自主、経済における自立、国防における自衛」(金日成)と表現される。
226 :マンセー名無しさん[]:2007/04/08(日) 17:33:46 ID:YCRgh8fo
この理論を確立させた黄チョンヨプ元朝鮮労働党書記(韓国に亡命)は、
その基礎理論に戦前のドイツ国家有機体説や天皇機関説を採り入れている
ことを明らかにしているが、金策が提言した建国神話とあわせて、戦前の
日本の影響力を考えざるをえない。

金日成・北朝鮮を背後から作り上げた男・金策。彼はいったい何者なのか?
金策はもともと満州北部、ソ連との国境近くで抗日パルチザン運動を展開
していた小部隊に所属していた。後にここで金日成(金成柱)と合流。
昭和16年(1941年)に戦争が本格化するや、金日成など二百余名とソ連の
沿海州に脱出。終戦後の1945年9月に金日成ら60人の「朝鮮工作団」と
共に北朝鮮に戻ってきた。

こう記すと金日成の仲間に間違いないと思われるだろうが、じつは金策には
謎の部分がある。彼は抗日パルチザンの動向を知るために日本軍が放った
間諜(スパイ)だったという説が強く存在しているのだ。いやそれどころか、
金策は日本人だったという説もある。金策の息子は国泰というが、この名は
朝鮮では珍しい部類。国家泰平から2文字を採ったとなると、非常に日本的だ。

彼が金日成に入れ知恵し、北朝鮮の民に本貫図を廃棄させて日本の天皇制
のような構図を授けたとしたら……。辻褄は合う。

金策が日本人だったかどうかは不明だが、彼が明石元二郎に連なる間諜
だったという説は真実だと考えてよい。明石元二郎は大正7年に台湾総督に
任命され、台湾の事業推進や司法改正に尽力し、台湾人に対する差別教育
を廃止させた名総督とされ、現地の人々から敬愛される人物だった。
余談になるが、彼の墓は国民党統治時代には荒れ果ててしまった。
陳水扁(現総統)が台北市長になり、明石元二郎の墓が新たに設置された。

だが明石元二郎が近代史に名を残したのは台湾総督としてではない。
明石元二郎は福岡藩士の子として生を受け、陸軍幼年学校、陸士、陸大と
軍人としてのエリートコースを歩み、陸軍参謀本部員として台湾、東南アジア、
清(支那)を巡った後、フランス、ドイツ、ロシアに派遣される。
227 :マンセー名無しさん[]:2007/04/08(日) 17:37:53 ID:YCRgh8fo
そして明治35年(1902年)10月、駐ロシア公使館付き武官(陸軍中佐)に任命
されモスクワに赴任。この地での彼の真の任務は、「ロシア・ヨーロッパに
おける諜報活動」。それは日露戦争開始1年数カ月前のことだった。

日露戦争に日本が勝利した原因は3つある。奉天大会戦、日本海会戦の勝利、
そしてロシア革命煽動。最大の勝因はロシア革命煽動とされるが、その功績は
すべて明石元二郎に帰する。明石は全ヨーロッパを舞台に縦横無尽に動き、
レーニンの革命運動を支援して帝政ロシア・ニコライ2世を揺さぶった。
ときにはレーニンを罵倒してその活動を促したのだ。

明石は参謀本部に連絡して莫大な機密費を投じ、ロシア、ヨーロッパに拡散
していた革命分子を大同団結させ武装蜂起の工作を行ったのだが、その
資金は百万円。現在の金額に換算すると凡そ百億円ほどである。レーニンが
後に、「明石元二郎に感謝状を贈りたい」と言ったことが理解できるというものだ。
ソ連共産党国家の産みの親は明石元二郎だったと言える。

昭和20年8月の終戦直後。支那大陸やロシア各地になお相当数の諜報員が
残っていた。そうした諜報員の一人が日本に引き上げる軍属に漏らした言葉がある。

「そうか、わが軍は敗れたか。仕方がない。自分は大陸に残り、大陸中の女を
抱いて50人 100人の子供を作ってやろう。そのなかの何人かが先祖返りをして、
再度大東亜共栄圏の夢を果してくれるかもしれぬ……。」

こんな思いで支那大陸やアジア各地、ロシアに残った者がかなりの数にのぼったという。
228 :マンセー名無しさん[]:2007/04/08(日) 17:52:27 ID:YCRgh8fo

長くなってしまったが、結論としては、大日本帝国の諜報員が残置諜者
として朝鮮半島に残り、その建国に大きく関わったのではないか。

もしそうだとすれば、戦後に創られた白頭山神話・檀君神話は、
日本との形而上の繋がり(北朝鮮に至っては政治体制にまで関わる)
を保つために彼らが作り出して広めたものなのではないだろうか。

彼ら(とその後継者)は大東亜戦争をいまだ継続中であり、実は日本政府
とも繋がりを維持していて、現在の日朝の激しい対立は実際には演技で
あって、日本の憲法改正や再軍備のために行っているという、にわかには
信じがたい構造も有り得るのかもしれない。

ここまでくると話の飛躍になるが、檀君神話には、相当な闇の部分が
あるということが解って頂けたと思う。
229 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/09(月) 00:23:54 ID:dEH/8kfU
>>227
>ときにはレーニンを罵倒してその活動を促したのだ。

面白いけど細部のツメがちょっと…
『昭和史を生きて―神国の民の心』(葦津珍彦著 葦津事務所刊)203ページより引用します。
「私の少年時代にロシヤ革命がおこり、レーニンが革命建国の祖として世界の注目をひいた。
レーニンについて、たちまちに伝説が生じた。かれは、タバコを好むが、日本の明石参謀が
ある場所で高級な葉巻をすすめたら、「私は、抑圧されたプロレタリアートが真に解放されるまで
葉巻などは吸わない」と云ったと、まことしやかに明石元次郎伝に書かれていた。
実証的に評すれば、明石はレーニンを有力な革命家と評価していたが、レーニンとは
直接に会見したことがないのが確たる事実で、これは作られた「伝説」である。」(引用終了)

明石がレーニンを罵倒したという主張はどの書物に載っていますか?
230 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/09(月) 00:31:55 ID:dEH/8kfU
>>227
さらに
>レーニンが
>後に、「明石元二郎に感謝状を贈りたい」と言ったことが理解できるというものだ。

これはどの史料にありますか?聞いたことがありません。
もしこんなことをレーニンが言っていたという確たる証拠があれば、
歴史学上の大発見ですので、是非このスレにご一報を。

>>224
おひさしぶりです。若鮎の自称29歳の少尉さま(違ったっけ?)。
地道な探求とカキコには、それ相応の楽しみと苦しみとが伴うものでして、
誰かさんにも分かち与えたいくらいですよ。まったく。
231 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/09(月) 00:49:39 ID:dEH/8kfU
>>227
さらにさらに
たぶんこれを元ネタにした話を聞いて、膨らましたんじゃないかと。
http://www.geocities.jp/meltext001/lenin/l08/l08-033.html
「旅順の陥落(L全第8巻p33~) 」
(レーニン全集第8巻33ページから引用、というわけですな)以下引用
「しかし、なぜ、そしてどの程度に、旅順の陥落は真に歴史的な破局なのか?
 まず第一に目につくのは、戦争の経過におけるこの事件の意義である。
日本人にとっての戦争のおもな目的は達成された。進歩的な、すすんだアジアは、
おくれた、反動的なヨーロッパに、取りかえしのつかない打撃をあたえた。」
(引用終了)
232 :マンセー名無しさん[]:2007/04/10(火) 22:04:53 ID:pdrJ8cDx

http://plaza.rakuten.co.jp/junksai/29007


鹿島昇について、まとめてあるページが有ったので貼っておきます。
233 :マンセー名無しさん[]:2007/04/20(金) 21:12:40 ID:CKb5DDgH

金策は1951年(昭和26年)に死亡している。その死は、朝鮮戦争による
爆死とも事故による怪死とも変死とも伝えられているが、真実は不明だ。
その名前は「金策工業総合大学」「金策市」「金策製鉄所」などに残り、
顕彰されている。

だがそれだけではない。極めて重大な局面にフッとその名が出現するのだ。

平成14年(2002年)夏。小泉純一郎首相の訪朝が決まり、日本中が仰天
した直後の8月30日から、能登半島沖の日本海に不審船が出現した。
海上保安庁の巡視船が直ちに現場に急行したところ、4隻の不審船は
Uターン。船尾を見せて北朝鮮海域へと逃げて行った。このときの不審船
の船尾には、どの船にも「金策」という文字が書かれていた。

それは単に、「金策市の漁港に籍を置く漁船という意味ではないのか?
そう考える見方もあるだろう。確かにそうかもしれない。
だが、小泉純一郎が平壌に行くと発表した直後に現れた不審船が、
その船尾に何らかのメッセージを示したものだとは考えられないだろうか。

金策の名は1994年(平成6年)にも一瞬だけ登場したことがある。
金日成の死去に伴い金正日が国家主席として登場してきたときのことだ。
北朝鮮政府の序列第17番目に「金策」の文字が存在した。

金策は40年以上も前に死んでいるのだから、常識で考えればこれは別人。
だが、二度と出現してこなかった「序列第17番目の金策」とは、金正日体制
を保全するために意図的に書かれた、いわば「お守り」「護符」にあたる架空
の人間だったのかもしれない。

ちなみに北朝鮮では「17」は神聖な数字の一つだという説もある。
234 :マンセー名無しさん[]:2007/04/20(金) 21:17:24 ID:CKb5DDgH

日本では「16」という数字が神聖視される場合が多い。
天皇家の菊の御紋章も十六花弁である。
なぜ16なのか?

古事記・日本書紀によると、天地開闢のときには「天之御中主命」から
始まる5代の神々が成り、続いて「国之常立神」に始まる神代七代に
続くが、その最後の神がイザナギ、イザナミである。

この二人の神は最初の「天之御中主命」から数えて16番目。
日本の始まりはこの二神なのだから、16は神聖なのだというわけだ。

「十六夜」を「いざよい」と読むのは、イザナギ、イザナミを示す古語
「16=いざ」から来ている。

では「17」は?

檀君神話の主が、スサノオ命を示すところから来ていると考えるのは
妄想だろうか……。
235 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/20(金) 22:07:37 ID:2TC8cYXu
なんとかなんないもんかねえ?(苦笑)
さすがにスサノオが17番目だとは言わないあたり、わかっていてわざとやっている風も感じますが。
イザナギ・イザナミが成ってから、スサノオが成るまでの間に何柱の神が成っているのやら?
国生みの後もバンバン神々は成りまくりですがな。
まさかと思うが「イザナギ・イザナミ」コンビと「アマテラス・ツクヨミ」コンビとを混同してないかい?

『桓檀古記 大韓民族史』(訳者 鹿島f、発行者 歴史と現代社、発行人(株)新國民社)78−79ページから
「檀君世紀 序」を引用します。
「嗚呼、痛ましきかな。夫餘、夫餘の道を無いて、然る後、漢人は夫餘に入りたり。
高麗、高麗の道を無いて、然る後、蒙古は高麗に入りたり。
若しそれ、時の制先の若くにして夫餘にして夫餘の道有れば、則ち漢人それ漢に帰さん。
高麗にして高麗の道有れば、則ち蒙古は蒙古に帰さん。嗚呼、痛ましきかな。向年、潜と清の輩の
邪論は、陰かに百鬼と与に夜行し、男生と發岐の逆心を以て、相応じて勢を合せり。
国を為る者は、抑々何によりて、道器両つながら喪い、形魂全て滅ぶ時に自ら安んずるか。
今、外人これに干渉し、政去りて益々滋く甚だし。譲位し、重祚して渠に任せれば弄して
擅にす。我が大臣の如く、徒に手を束ねて策無きは何ぞや。国に史なく、形に魂を失える故なり。」(引用終了)

駅舎の建て直しが必要ニダ!という言説はこの辺がルーツかも。
236 :香具山の光[sage]:2007/04/27(金) 00:26:58 ID:45FSZjpm
youtubeで観る、『大朝鮮帝国』所収の檀君47代の肖像画。
ホントにさんはこんなのを信じていたのか?と狐につままれたような気分になります。
http://www.youtube.com/watch?v=uFgsWjq-7dE
237 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/04/27(金) 00:58:11 ID:45FSZjpm
>>236
あ!無意味にsageてしまった。おまけに鳥なし。ageます。
おまけに「단군」(檀君)で検索して出たyoutubeの「Pride of a Korean」。
http://www.youtube.com/watch?v=CunVwlHRzSA
http://www.youtube.com/watch?v=fw3TIQT3Eo8
中国の東北工程と日本のあたらしい歴史教科書に対抗して檀君朝鮮を称揚してます。
破壊された檀君像もでてきます。
が、
「大辰國」というのがでてきて、これがよくわからない。今後の課題といたします。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E5%A4%A7%E8%BE%B0%E5%9C%8B&lr=
どうも渤海のことらしいのだが、渤海もウリナラですか…
238 :鄭聲之[]:2007/05/06(日) 19:58:02 ID:DmI0TPPK
>>237
魏志でいう「辰韓」の前身だという「辰国」のことでは?
239 :マンセー名無しさん[sage]:2007/05/07(月) 23:40:51 ID:+O/TVRtl
>>237
渤海の建国者大祚栄は、唐から渤海郡王に封じられるまで、震国王を自称して
いました。「震国王」の出典は新唐書で、旧唐書には「振国王」とあります。

電波なニダーさんたちは、なぜか渤海よりも震国や振国を好むようで、かの有
名な桓檀古記にも「大震国本紀」があるそうです。

「大震国本紀」の内容は知りませんが、それとは別系統の電波は拾えました。
下のページは李固善が1952年に書いた『心堂全書』という電波本をベースにし
ているようです。「聖武高皇帝」だの何だのと妄想が炸裂しております。
ttp://www.subkorea.com/education/history/hist/bal/list.htm
240 :マンセー名無しさん[]:2007/05/08(火) 00:44:44 ID:HmN7QuIJ
「遺事」は18世紀半ばまでは、野史として扱われて、全く顧みられて
なかったようですね。
241 :マンセー名無しさん[]:2007/05/09(水) 01:08:38 ID:Saf3j43F
蚩尤に関しては、日韓同祖論の亜種なのかもしれません。
蚩尤に味方したのは九黎族というミャオ族の祖先です。
またもや戦後日本の古代史ブームのからの出典なのですが、
このミャオ族というのは、隼人の祖先なのではないかという
説があります。これをもって、韓国と日本は古代にも協力して
シナと戦ったことが有るという風にしたかったのではないでしょうか。
242 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/09(水) 01:13:15 ID:6Ft7cggM
ご回答ありがとうございます。
>>238-239
映像の文脈上、ウリナラにもこんなに強くて立派な時代があった!と強調する
部分に出てくるので、多分辰韓の前身とは違うと思います。
で、映像を見直していたらハングルが添えられてあり、
ハングル・漢字混用サイトを参照してみると「大振國(渤海)」のことのようですので、
>>239が正解のようであります。
つーか、また桓檀古記かい。この間、返却したばっかりなのに。
ご紹介のサイトを翻訳させてみました。
「1台世祖(世祖)
1 年(西紀 668年) 名前はがつがつ重傷(乞乞仲象) あるいは大衆上(大仲象)だ.
高句麗が党によって平壌城が陷落される時誠実な人将軍(振国将軍) 大衆上(大仲象)は
ソアブロックハを守っている途中便を聞いて遂に無理を導いて東に同謀山(東某山) に至って
国を建てたら後高句麗(後高句麗)だと称して祈願をズンググァン(重光)といった.
29年(西紀 696年) キタイの二陣虫(李盡忠)リ・ヨンジュ(営州 - 朝陽の時)渡独を殺して党(唐)に反乱を起こした.
31年(西紀 698年) これより先立って二陣虫が唐依北京を陷落させるのに王が太子造営を送ってKesung(係城 -天津市)を占領下だった.

32年(西紀 699年) 5月王が崩御すると,廟号(廟号)を世祖(世祖)だと言って諡号 (諡号)を
ジングックヨルファングゼ(辰国烈皇帝)だと言った.
2台太祖(太祖)
1年(西紀 699年) 名前は造営(祚栄)で聖恩台(大)さんで世祖の太子だ. 党が突厥(突厥)と一緒に侵略して二陣虫を殺して
また二陣虫を助けたと言ってんと言う(のは)長寿理解で(李楷固)に旺歪の傑士費優 (乞四比羽) 殺して,
テゾヨン(大祚栄)を追撃したら,天文領(天門嶺)で旺歪と合したテゾヨンに敗れて帰った.
ここにホルハンソング(忽汗城)を積んで都邑を移して国号を決めて対陣(大震)といって年号を天統(天統)といって高句麗の昔の地を占めた.
15(?)年(西紀 713年) 国号を渤海(渤海)に変更した. 」(引用終了)

「辰国烈皇帝」!国号を渤海に変更する前に唐の軍勢を打ち破り、「大震」を
名乗っているという所に、韓国人が「渤海よりも震国や振国を好む」理由があるようですな。
243 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/09(水) 01:47:49 ID:6Ft7cggM
それから>>237で紹介したYoutubeの画像は、中国領内に建てられた
胸にニンニクをささげ持つチマチョゴリ姿の熊女の石像(実物)や、
清国の使節に素敵に叩頭する朝鮮国王などの映像(再現)もあり、面白い。

>>240
三国遺事は正史ではなく、野史なので軽視されていたのは事実ですが、
「全く顧みられてなかった」ようではなさそうです。
三国遺事以前に檀君に触れた文献は断簡零墨にすらない、というのが
>>1で引用した今西龍の「檀君考」の主張ですが、>>158-159に引用したように、
「檀君の位相 固有と外来の相克」(『朝鮮史研究会論文集』35集31-55頁 野崎充彦 )によると
「一三九二年の檀君箕子祀典の整備において、檀君と箕子にそれぞれ「始受命之王」「始興強化之王」、
すなわち民族国家の始祖および文化の創始者としての位置づけが行われる。」(35p)
(『太祖実録』巻一 元年 壬申 八月 庚申の条)
「一四一二年には、礼曹の要請により檀君は箕子廟に合祀された」(35p)
(『太祖実録』巻二四 十二年 壬辰 七月 庚子の条)
「檀君・箕子の祭祀とはいっても、檀君の箕子廟への合祀からも分かるように、
当初は檀君より箕子のほうが格上であった。」(36p)
とあるように、格下とはいえ檀君に対する祭祀は行われておりました。
三国遺事以前の文献に檀君の記述が全く存在しない以上、これらは、
三国遺事の記述の影響と考えるのが妥当ではないかと思います。
(さんなら、檀君朝鮮時代からの正体不明の伝承経路があったはずだ!と主張するでしょうが(苦笑))

>>241
ミャオ族かあ…。苗族ですよね。古代の苗族と現代のミャオ族とを同一視
することはできない、と主張していたのは誰だったか。思い出せないスマン。
桓檀古記の蚩尤に関する部分を三日後にこのスレで引用します。
「韓国と日本は古代にも協力して シナと戦ったことが有る」
という含意は全くなかったと記憶しております。
244 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/11(金) 23:25:43 ID:iHGA/v5y
>>243で約束したように、桓檀古記の蚩尤に関する部分を引用します。
http://www.baedalguk.com/bbs/zboard.php?id=chu&page=1&sn1=&divpage=1&sn=off&ss=on&sc=on&select_arrange=headnum&desc=asc&no=64
こちらから、まず原文を。
「後有葛古桓雄與炎農之國劃定彊界又數傳而有慈烏支桓雄神勇冠絶璘頭
鐵額能作大霧造九冶而採鑛鑄鐵作兵天下大畏之世號爲蚩尤天王蚩尤俗言
雷雨大作山河改換之義也
蚩尤天王見炎農之衰遂抱雄圖屢起天兵於西又自索度進兵據有淮岱之間及
軒侯之立也直赴탁鹿之野擒軒轅而臣之後遣吳將軍西擊高辛有功
時天下鼎峙탁之北有大撓東有倉힐西有軒轅自相以兵欲專其勝而未也初軒
轅稍後起於蚩尤每戰不利欲依大撓而未得又依倉힐而不得二國皆蚩尤之徒
也大撓嘗學干支之術倉힐受符圖之文當時諸侯罔不臣事者亦以此也
司馬遷史記曰諸侯咸來賓從而蚩尤最爲暴天下莫能伐軒轅攝政蚩尤有兄弟
八十一人竝獸身人語銅頭鐵額食沙造五丘杖刀戟太弩威振天下蚩尤古天子之號也」

なぜかハングルに化けている文字がありますが、元サイトでは漢字表記なんで
そっちをみてくださいケンチャナヨ。
245 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/11(金) 23:59:57 ID:iHGA/v5y
>>244の続き。これを鹿島fは『桓檀古記』(新國民社)70-71ページで以下のように書き下しています。
「後に葛古桓雄有り。炎農の国と彊界を劃定す。又数伝にして慈烏支桓雄有り。神勇冠絶なり。
銅頭鉄額を以て能く大霧を作り、九治を造りて鉱を採り、鉄を鋳て兵を作る。
天下大いにこれを畏る。世に号して蚩尤天王と為す。蚩尤とは、俗言に雷雨大いに作りて山河改換すの義なり。
蚩尤天王、炎農の衰うるを見て遂に雄図を抱き、屡々天兵を西に起こす。又索度より兵を進め、
拠りて淮岱の間を有す。軒侯の立つに及び、直ちに涿鹿の野に赴き、軒轅を擒にしてこれを臣とす。
後、呉将軍を遣わし、西に高辛を撃ちて功有らしむ。
時に天下鼎峙す。涿の北に大撓有り、東に倉頡有り。西に軒轅有り。
自ら相いに兵を以てその勝を専らにせんと欲すれども、未だならざるなり。
初め軒轅、稍蚩尤よりも起つこと後れ、戦う毎に利あらず。大撓に拠らんと欲して未だ得ず。
又、倉頡に拠らんとして得ず。二国は皆蚩尤の徒なり。大撓は嘗て干支の術を学び、倉頡は符図の文を受く。
当時、諸侯臣事せざる罔きは、亦これを以てなり」と。
司馬遷の『史記』に曰く、
「諸侯咸来賓して従う。而るに蚩尤最も暴を為せども、天下に能く伐つもの莫し。軒轅摂政す。
蚩尤、兄弟八十一人有り。並獣身人語、銅頭鉄額にして沙を食し、五丘杖、刀戟、太弩を造り、
威天下に振るう。蚩尤は古天子の号なり」と。」(引用終了)

一部>>244の元サイトとも漢字が違います。単なる打ち間違いなのか、別系統のテクストに拠っているのかは不明。
246 :鄭聲之[]:2007/05/18(金) 00:13:32 ID:I3j4m7qL
>>243
「さん」って、懐かしいねw

渤海は中国の郡県の名にすぎなのに対し、震は一文字で大をつければ天子の王朝
のようにもみえるので(大漢、大唐…)そりゃ大震の方が好まれるでしょう。
しかし底意には辰韓の前身である「辰国」(後漢書によれば三韓の前身)との
関連を示唆する意図があるでしょう。三韓ってのは半島南部でなく
満州に広がる古朝鮮の本土と二つの属領のことですから。
桓檀電波においては辰韓=北満州、馬韓=半島、弁韓=西満州ですね。
247 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/21(月) 01:47:14 ID:1fH2PKcP
>>246
ご解説ありがとうございます。
さんの書き込みがもしなければ、
ネタに詰まった際の原点回帰として
『朝鮮古史の研究』(今西龍 国書刊行会)所収の「檀君考」から
該当しそうな文章を書き込みます。
今週の木曜日に書き込みを予定しております。

さんよ。書き込まれたくなかったら、皆の興味をそそるような
面白そうな記事をここに貼るように。
248 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs [sage]:2007/05/24(木) 23:21:20 ID:9JALbwZ6
>>247の続きというわけで「檀君考」を読んでるんですが、しょっぱなから私の問題関心に当たりまくり。やっぱり名編です、これは。
「緒言」冒頭から引用しますね。漢字は現行のものに改めました。
「朝鮮には開国の神人に檀君なるものありとの伝説を有し、其国を檀君朝鮮と称し、
これと之に次で起れりと伝ふる箕氏・衛氏の両朝鮮を併せて、古朝鮮或は三古朝鮮と称し、
以て李氏朝鮮とを区別せり。而して檀君を崇奉尊信すること朝鮮人の間に近代急に熾んとなり、
之を朝鮮民族の祖神とし、檀君教または大イ宗教と称する教徒さへ生ずるに至れり。
然れども檀君伝説は現在の如き結構を古くより有するものに非ず。又檀君の称号は
古くより存するものにあらず。此伝説には発展あり沿革ありとす。」(引用終了)

始めに檀君教・大イ宗教の近代起源を説いているとは、最初読んだ時には気付きませんでした。
249 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/05/25(金) 00:12:51 ID:5lLKYiJr
>>247の「檀君考」121頁から引用。「○」は原文ハングル。割注は括弧内に入れました。
「「神檀実記」は金教献氏の著作にして、此書には王儉を壬儉に改め、
之を朝鮮語の○○(nimu-kum)近からしめ、朱蒙古伝説の解慕漱を扶余王とし、
之を檀君とし、檀君は夫婁を生むとし、高句麗朱蒙は檀君の子にして、夫婁の異母弟なりとし、
従て百済王王系を檀君に繫げり、而して渤海は高句麗に出でたるを以て檀君の後なりとし、
更に進んで濊貊・東沃沮・契丹・遼を挙げて尽く檀君に繫ぎ、新羅に就きては
仙桃神母を東神聖母に作り、之を扶余帝室の女なりとし、此女は夫によらずして孕み、
辰韓に入りて赫居世を生むとして、新羅をも檀君に繫ぎ、三韓に就きては通典に
「朝鮮之遺民分為七十八国」と記せるを以て、是また檀君の遺民なりとせり。
(但し通典には斯様なる記事なし。三国遺事紀異篇に、通典に曰くと妄記して
誌せるものに、この文あるにすぎず。)日本を除きたる極東古今の民族は尽く
檀君の裔にして、是れ即ち倍達種族なりと説けり。倍達とは檀の朝鮮方言なり。
(此方言の尻馬に乗りて、或る人は百済の百は倍と同音にして、済は達の本語の
漢字訳なり、檀君は百済の神なりと説けり。檀君伝説も調査せず、百済の歴史も
調査せず、たゞ二つの言葉を曲げて一致せしめ、直ちに其間に関係ありとするが如き説は、
学界に於ては容るべきに非ず。」(引用終了)

今西先生お疲れ様でした。私達はもうお腹いっぱいです。(苦笑)
しかし、「イムクム」にも触れていたとは。慧眼百世を見通すといふべきか。
250 :マンセー名無しさん[]:2007/06/04(月) 19:41:40 ID:aR1bA5QM
桓檀古記を訳した鹿島昇なんですが、明治天皇は幕末に暗殺
されていて、大室寅之助とすり替えられたという説を発表した人
でして、今や日本の陰謀論界では、神の如く称えられています。

そして、日本は古代に朝鮮の属国だったのだが、伊藤博文が
その証拠を全部焚書してしまったために失われてしまった。
というのが陰謀論界の定説となっています。

本当の著者は親日なのに、こういった電波に利用されるとは
悲しいことですね。
251 :東アジアニュース速報+[]:2007/06/15(金) 17:05:31 ID:piQWriqX
東アジアニュース速報+ 板
ttp://news21.2ch.net/news4plus/

【韓国】親日反民族行為者、第2期調査対象226人を確定
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1181885540/
【日韓】日本議員らの意見広告にネチズン大激怒・・・「高給を貰っていたなら、どうしてお婆さんたちは抗議してるのか」
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1181891103/
252 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/06/22(金) 21:32:18 ID:PM2bMZhN
頭が痛い…
http://www.chosunonline.com/article/20070622000044
「「失われた韓国の古代史をオンライン・ゲームで取り戻す」
ゲーム・ストーリーを手がけるアクション小説家、夜雪緑さん
「北欧の神話に支配されている世界のオンライン・ゲーム市場に、東洋の神話的な想像力溢れるファンタジー・ゲームを紹介する」
アクション小説家の夜雪緑(本名:チェ・ジェボン)さん(47)はソウル市瑞草洞のオフィスで、壁一面を覆う中国大陸の地図を指しながら、
「失われた韓国の古代史をオンライン・ゲームで取り戻す」と力強く語った。『桓檀古記』をはじめ古代の歴史書を読破したという彼が、
3年かけて書き上げたシナリオをもとに、ゲーム開発会社イェダン・オンラインが現在製作しているオンライン・ゲーム「覇」は、
来年4月に発売される予定だ。総製作費100億ウォン(約13億3000万円)をかけ、韓国・中国・日本のゲーム市場を狙った大作だ。
特に、中国のゲーマー向けには別バージョンを作り、巨大市場の攻略を目指す。
夜雪緑さんは世界的な「ストーリー争奪戦」時代にふさわしい全方位的なストーリー・テラーだ。
延世大学応用統計学科を中退した彼は、1982年に出版したアクション小説で一躍人気作家となった。
それだけでなく漫画の原作からドラマや映画の脚本、ゲームのシナリオまで幅広く手がけた。
有名なところでは人気漫画家イ・セヒョン氏のヒット作『ハルマゲドン』『南伐』の原作や、
SBSが来年放送予定の全100話の大作ドラマ『檀君』の脚本などがある。
「僕が書いたアクション小説や漫画はおそらく2億冊以上売れている」と話す。
また明成皇后(閔妃)と青年武士の純愛を描いた彼の長編小説『花火のように蝶のように』は映画化されることになり、
現在、キム・ヨンギュン監督がメガホンを取り撮影が行われている。もちろんこの脚本を書いたのは彼だ。
彼は「ここが太行山脈」と言いながら中国の地図を指し、(以下続く)
253 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/06/22(金) 21:39:14 ID:PM2bMZhN
>>252の続き
「「この山脈の東に東夷族の先祖“夷族”がいた。西には中国・漢民族の先祖“夏族”、
そしてその下には後に日本に渡る苗族がいた。紀元前2700年を舞台に、これら3つの民族による古代東アジアの歴史を
ゲームで表現する」と説明した。中国の神話『山海経』に登場する奇々怪々な動植物をモチーフにしたキャラクターが
地図上に散りばめられ、「1センチ=100里」と決めてさまざまな地形や物が配置されている。
アクション小説、ドラマや映画の脚本、ゲーム・ストーリーの原作など、あらゆるジャンルに挑戦してきた夜雪緑さんだが、
ジャンルごとに違いがあるという。「アクション小説と漫画の原作はじっくりと取り組めるが、ドラマはせわしない。
オンライン・ゲームはさまざまな要素をあちこちに仕込んでおくが、映画の脚本は約90分に全要素を凝縮しなければならないため、
書くのに苦労する」とのこと。
そして「03年以降、韓国ではレンタル本屋が全国で1000店を切るほどに減った。このためアクション小説家や漫画原作者たちは
こぞってインターネットに活動の場を移している。文化コンテンツ開発の見地から、こうした人材をオンライン・ゲーム作家に
育成するための支援策が必要だ」と強調した。」(引用終了)

檀君・桓檀古記・山海経の3点セットですわよ。
254 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/07/02(月) 00:02:32 ID:5E6CueJg
ほほお。こういう韓国人もいるんだねえ。さんも見習いなさい。(以下↓を機械翻訳したもの)
http://blog.joins.com/media/index.asp?page=6&uid=gjl4603&folder=0&page_size=5
「親日清算は子孫たちを人民裁判するためのことか」
「 イ・ビョンド博士は作故するこの間朝鮮日報に檀君が実存したという論文を発表したが
彼の論文に大きく影響力を未親しみはこの間に作故なさったツェテヤングバックサだったと言う.
ツェテヤングバックサが論文を発表しなさいとずいぶん前から締めたようでイ・ビョンド博士は
自分の所信を曲げなかったみたいだ.イ・ビョンド博士が檀君の実存可否に対する自分の立場を変えたことを
ツェテヤングバックサは悔い改めたと言っているが私はそれを悔改と思わない.
実証主義学者に悔改という単語は似合わない単語だ.イ・ビョンド博士が自分の立場を変えたことは
自分が接して見られなかった史料を接したからだ.その史料もない状態でそれを検証することができないのに
ある日ガブチァギ悔改をして自分の理論を変える姿勢は学者の姿勢ではない.
ツェテヤングバックサは彼の理論を修正するためにおびただしい資料を渉鮮したし
その時ごとにイ・ビョンド博士に見せてくれたと言う.
すべての学問的理論は帰納の過程を通して修正される運命にあることで
自分の理論にきずが発見されればそれを修正するのだ.
イ・ビョンド博士が自分の理論が完璧だと主張したこともなくて証拠が現われて検証可能な資料なら
これを収容したという意味だ.」(以下続く)
255 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/07/02(月) 00:03:37 ID:5E6CueJg
>>254の続き
「学問する方法論をおいて親日派やら民族主義やらしながら分ける風潮自体がまことにおこがましい.
左翼たちが幅を利かせながら歴史の本流を押し出して金日成のパルチサン神話を押し入れて
シブオソだったのか分からないが左翼たちである収録親日派なら電気をともして
何の罪もない人取って親日派作ることができなくてやきもきする.
その上に親日派清算する目的が子孫を辱めようとするのではないと
あらゆる雑説を列べたら親日派でもない人を親日派名簿につまんでおいてもう
その子孫まで辱めようと思っている.
こんな出たらめなことの起る理由は似以非学者たちと似以非報道人たちの責任が大きい.
一体彼らが歴史をまともに読んで何が民族主義なのか実証主義なのかに対する眼力がある人々なのか分からないが
思うには判断力が青臭い人々の所作であることだけは間違いないようだ.
この聞いたイ・ビョンド博士が李完用のようなウボング李さんという系図まで暴き出すようだ.
一体 21世紀を暮している,改革をするというフロンティアたちが系図まで捜して人民裁判をするなんて
彼らは多分朝鮮王朝時代を買う人々みたいだ.物質は豊かになったが精神年齢は数百年を後進して暮している.
こんな人間たちが進歩を僭称したら誰が今日の進歩勢力を信じてくれるか.」
256 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/07/02(月) 00:27:53 ID:ffhPkWz3
>>254-255
「ところが、学問の場合では、自分の仕事が10年たち、20年たち、また50年たつうちには、
いつか時代遅れになるであろうということは、だれでも知っている。これは、
学問上の仕事に共通の運命である。いな、まさにここにこそ学問的業績の意義は存在する。
たとえこれと同じ運命が他の文化領域内にも指摘されうるとしても、学問はこれらのすべてと違った仕方でこの運命に服従し、
この運命に身を任せるのである。学問上の「達成」はつねに新しい「問題提出」と意味する。
それは他の仕事によって「打ち破られ」、時代遅れとなることをみずから欲するのである。
学問に生きるものはこのことに甘んじなければならない。
もとより、学問上の仕事がのちのちまで重んじられることもありうる、
たとえばその芸術的性質のゆえに一種の「嗜好品」として、あるいは学問上の仕事への訓練のための手段として、
しかし、学問としての実質においては、それはつねに他の仕事によって取ってかわられるのである。
このことは――、繰り返して言うが――たんにわれわれに共通の運命ではなく、実にわれわれに共通の目的なのである。」
(マックス・ウェーバー著 尾高邦雄訳『職業としての学問』岩波文庫)

「それは他の仕事によって「打ち破られ」、時代遅れとなることをみずから欲するのである。」
「たんにわれわれに共通の運命ではなく、実にわれわれに共通の目的なのである。」

檀君実在論者諸君は、「学問」のこれほどの重荷に耐えることができますか?
できないなら、いまのうちに「檀君神学」とかを作っておくといいですよ。

「神学が発生するのは、信仰心が足りないからだ」
なんていう意見もありますが。
(カール・ポパー『果てしなき探求(上)』岩波現代文庫より)
257 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/07/02(月) 23:27:57 ID:ffhPkWz3
>>254-256
すいません。誤解されやすい構成にしてしまいました。
>>254-255の引用文(檀君親日派問題論文)と、>>255の引用文(『職業としての学問』)とは、
全く別物です。私が前者を読んでいて後者を連想したので、加えました。

>>254-255の書き手は、この段階では檀君実在論を信じているようだけど、
こういう人となら議論が可能ですね。反証が現れたら自説を撤回するのが
学問の前提であることを理解しているからです。

http://www.geocities.jp/wana_piyon/1064336195.html
の908で
「現時点で日本人を説得することは不可能と考えた
私は檀君研究の専門家ではないのでこれ以上は存在を証明できない

だが、諦めたわけではないことはいっておく 」
なんて書いてた人とは大違いですよ。
258 :マンセー名無しさん[]:2007/07/02(月) 23:43:59 ID:xrgkBVDR
チョンが直接には関係ない檀君を国の始祖として崇めるのは
アメ公がインディアンの祖先を合衆国の始祖として崇める
ようなものだな。
259 :マンセー名無しさん[sage]:2007/07/03(火) 14:58:52 ID:2XPK4wI9
5000年前の北東アジアにニンニクは存在しない。
260 :マンセー名無しさん[]:2007/07/09(月) 19:34:08 ID:yBRiDlDf
ttp://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/image/yellow.jpg


2000年、東京大学の植田信太郎、国立遺伝学研究所の斎藤成也、
中国科学院遺伝研究所の王瀝 WANG Liらは、約2500年前の春秋時代、
2000年前の漢代の臨シ(山東省、黄河下流にある春秋時代の斉の都)
遺跡から出土した人骨、及び現代の臨シ住民から得たミトコンドリア
DNAの比較研究の結果を発表した。

それによると、三つの時代の臨シ人類集団が異なる遺伝的構成を
持つことが明らかになった。約2500年前の春秋戦国時代の臨シ住民
の遺伝子は現代ヨーロッパ人の遺伝子と、約2000年前の前漢末の
の遺伝子は現代の中央アジアの遺伝子と非常に近く、現代遺伝子は、
現代東アジア人の遺伝子と変わらないものであった。

この研究により、2500年前にユーラシア大陸の東端に現代ヨーロッパ
人集団と遺伝的に近縁な人類集団が存在していたことが明らかになった。
また、2500年前から2000年前の500年間に臨シ集団に大きな遺伝的
変化が生じたことから、過去に人類集団の大規模な移動があったこと
を示唆している。
261 :マンセー名無しさん[]:2007/07/09(月) 19:35:05 ID:yBRiDlDf
現在の中国語には、互いに外国語であるかのような種々の方言が存在し、
北方方言と南方方言に二大別される。この南方方言の分布域が、黄河
文明と対峙する長江文明の栄えた領域と大まかに重なり合っている。

しかも、伝説上の南方の支配者蚩尤の統治領域ともほぼ重なる。
そして歴史時代における中国文化は黄河文明を源流とするものであり、
史書もまたはっきりとそのように記している。

一方、ミトコンドリアDNAの研究が示しているのはユーラシア西部に
起源を持つ人々が黄河文明の南端付近にいたがその後現代のような
「黄色人種」である漢民族に徐々に置き換わっていったという事実である。
これらの諸事実を統一的に説明する仮説は以下のようになろう。

「長江流域にモンゴロイドが稲作を基礎とする文明を築いていた。
一方、西から移動してきた麦作と牧畜を基礎とした文化を携えた
コーカソイドが黄河流域に定住した。武力に勝る北方黄河文明の
支配者は、人口においては優勢な長江文明の人々と戦い勝利した。

人口に勝るモンゴロイドは政治的軍事的文化的には敗者であったが、
遺伝子的には黄河文明の人々を凌いで現代漢民族は『黄色』になった。」

さらに追加するならば、戦士である長江文明の男たちの多くは殺されたが、
残った女たちのミトコンドリア遺伝子が引き継がれていったことも大いに
寄与したと思われる。また、中国の南方では長江文明を担った人々の
言語の影響を未だに受けているのである。
262 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:14:56 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%93%E6%AA%80%E5%8F%A4%E8%A8%98

桓檀古記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
桓檀古記(かんだんこき)とは、
超古代からの朝鮮半島の歴史を太白教の
桂延壽(宣川桂延寿)が編集したものを李沂が1911年
(檀君紀元5808年、光武15年)5月に印刷したとされる偽史書。
ただし現行の版は1949年に李裕ャが呉炯基に清書させ、
1979年に印刷した版である。檀君の神話や古代の檀君朝鮮、
倭人のことなどが記述されている。

目次 [非表示]
1 構成
2 偽書説
3 教科書
4 参考資料
5 関連項目
263 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:15:43 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%93%E6%AA%80%E5%8F%A4%E8%A8%98
[編集] 構成
『三聖記』:三聖とは、桓仁または桓因、桓雄、王検のこと。
上編(安含老の撰、桂延壽の蔵本)
下編(元薫仲の撰、白進士 寛黙の蔵本)本書によれば、
檀君王検の実名は有帳であるという。
『檀君世紀』(高麗の紅杏花の李村先生 文貞公による1283年の撰という、
白進士 寛黙の蔵本)この記述により檀君紀元の元年を決めた。
『北夫餘紀』(范橦の撰、李進士 享木式家蔵本)
『迦葉原夫餘紀』
『太白逸史』(李陌の編、海鶴 李沂の蔵本)
「三神五帝本紀」、「桓国本紀」、「神市本紀」、
「三韓管境本紀」(馬韓世家上・下、番韓世家上・下)、
「蘇塗経典本訓」、「高句麗国本紀」、「大震国本紀」で構成される。
この「大震国本紀」には倭人関連の記事があり、
日本の古史古伝研究者の研究対象である。
264 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:18:57 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%93%E6%AA%80%E5%8F%A4%E8%A8%98

[編集] 偽書説
日韓併合の翌年に編纂された本書の「檀君世紀」や「太白逸史」
には中国の清の時代の地名や嘉慶以後の言葉「長春」や「太白逸史」の
引用書「朝代記」に男女平等、父権などの用語がある。
また編纂に必要な引用文献などが明確でなく、
不明であるにもかかわらず、
古代以来伝えられた真実を記載したとするため偽書とされる。
この点で日本の古史古伝と似ている。
事実、本書は日本の古史古伝の研究家、鹿島fにより1982年、
古史古伝と同じ扱いで日本語訳書が出版されることにより大韓民国で有名になった。

[編集] 教科書
本書は1979年に大韓民国で出版された。
一部の在野歴史学者の中には、
本書に関して歴史国定教科書への掲載要求運動があったが、
歴史国定教科書への掲載は見送られている。参考リンク(朝鮮語)
265 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:19:50 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%93%E6%AA%80%E5%8F%A4%E8%A8%98
[編集] 参考資料
鹿島f 訳 『桓檀古記』 歴史と現代社 (新国民社) 1982年
鹿島f 「桓檀古記バビロンから来た民族」『歴史読本』消された「歴史書古史古伝」 昭和63年11月号 
田中勝也 『異端日本古代史書の謎 』古代学ミニエンサイクロペディア 大和書房 1986年 ISBN 4-479-47010-7
別冊歴史読本編集部編 『「古史古伝」論争』1993年
趙仁成 「韓国における古代史論争と『揆園史話』『檀奇古史』『桓檀古記』」
李基東 「古朝鮮彊域論争」

[編集] 関連項目
韓民族優越主義
韓国起源説
偽史運動
古史古伝
トンデモ本
揆園史話
檀君朝鮮
266 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:23:55 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%BD%E5%8F%B2%E9%81%8B%E5%8B%95
偽史運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
偽史運動(ぎしうんどう)は、自称「古文書」「機密文書」に記された「歴史」をあたかも史実であるかのごとく宣伝することで、
政治家や有権者に一定の影響を与えようとする一種の政治運動のことである。

[編集] 偽史運動の例
『シオン賢者の議定書』(反ユダヤ主義を鼓舞)
ナチスドイツのヒトラー総統は、「議定書」そのものは偽書と認めたが、その内容は正しいと強弁し、ホロコーストへと突き進んでいった。
『竹内文書』(日本の国粋思想を鼓舞)
天津教の教祖竹内巨麿が「公開」したとされる古文書類で、皇室の歴史を大幅に水増しして皇国の偉大さを鼓舞した。
しかし皮肉にも竹内は、偽史運動を大々的に行ったことにより不敬罪で逮捕されることになった。
『東日流外三郡誌』(日本の反中央政府・反天皇思想を鼓舞)
新左翼運動の挫折後に登場したこの偽書は、マルクス主義に代わる日本土着の反天皇思想として大いにクローズアップされ、
左翼活動家がもてはやした。
『大朝鮮帝国史』など(韓民族優越主義を鼓舞)
朝鮮民族は北東アジアの覇者として君臨していたとする偽史を韓国に定着させつつある。

[編集] 関連項目
古史古伝
偽書
トンデモ本
カルト
歴史修正主義
267 :マンセー名無しさん[]:2007/07/09(月) 20:24:15 ID:yBRiDlDf
【中韓】中国が反発「韓国人が蚩尤天皇の歴史を歪曲」=文匯報[07/09]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1183951339/

 中国のネットユーザーとマスコミが、韓国の歴史小説やマンガ、
各種のマスコットなどで爆発的な人気を得ている古朝鮮時代の
蚩尤天皇をめぐり、韓国人が歴史的事実を歪曲したと反発している。

 香港の親中国系新聞・文匯報は、『大韓民族通史』など韓国の
小説やインターネット上で、「4700年余り前の倍達桓国の第14代
皇帝・蚩尤天皇が、河北省タク鹿で繰り広げた“タク鹿大戦”で
中国の黄帝軒轅を打ち破り、ひざまずかせた」と描写しているが、
これは歴史的事実と正反対の歪曲された記述であり、専門家ら
の冷笑を買っている、と8日付で報じた。

 また同紙は、相当数の中国ネットユーザーらが「韓国人が
中華民族の祖先の一人である蚩尤天皇を自分たちの祖先と
認定しただけでなく、蚩尤天皇が中国の皇帝を征服したと主張
していることに怒り、痛烈に非難している」と伝えた。
 特に同紙は、『史記』や『山海経』など中国の史書では、
中国皇帝が蚩尤天皇を生け捕り、殺害したと記録しており、
これは韓国人らの主張が誤っている証拠と主張した。

なお蚩尤天皇は、2002年のワールドカップ当時、韓国応援団
「レッドデビルズ」の公式マスコットとして登場した赤いトッケビ(鬼)
の素材となった人物であり、韓国の鬼瓦や盾、軍船、よろいなど
に描かれている鬼面像の主人公でもある。

 同紙は「韓国人がドラマ『朱蒙(高句麗を建国したとされる人物)』
で漢をおとしめ、中国が元祖の“豆漿”(中国人がよく食べる豆乳)は
韓国で初めて作られたと主張するなど、中国人が誇りとするものを
相次いで攻撃している」と主張した。
http://www.chosunonline.com/article/20070709000040
268 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:26:55 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E5%8F%B2
大朝鮮帝国史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
大朝鮮帝国史(だいちょうせんていこくし)とは、1994年に韓国で出版された本。

目次 [非表示]
1 概要
2 大朝鮮帝国史の内容
2.1 第1巻
2.2 第2巻
2.3 第3巻
2.4 第4巻
2.5 第5巻
3 関連項目
4 外部リンク

[編集] 概要
「大朝鮮帝国史」といっても、実在の大韓帝国の歴史を扱った本ではなく、
朝鮮民族が東アジアを支配し統治していたという偽史を扱った一種のトンデモ本である。著者は金珊湖である。
269 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:28:32 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E5%8F%B2
[編集] 大朝鮮帝国史の内容

[編集] 第1巻
世界全体を「朝鮮(チュシン)」という。
朝鮮民族はパミール高原より出て、紅山文明・黄河文明を起こした。
朝鮮民族は「倍達国」「檀君朝鮮」を建国し、中華民族を制圧した。
「箕子朝鮮」「衛満朝鮮」は、朝鮮帝国の衛星国家である。
「漢四郡」と呼ばれるものは、前漢の郡ではなく、前漢の征討を阻止した武将の所領である。
「沸流百済」は、現在の遼寧省・山東省・日本にまたがる大帝国を築いた。

[編集] 第2巻
神武天皇は百済から派遣された地方官で、日本列島東征の任務を忠実に果たした。
延烏郎・細烏女の説話に出てくる「細烏女」は、卑弥呼のことであり、その娘が神功皇后である。
広開土王の侵攻により、百済王は日本に亡命した。この百済王が応神天皇であり、「奈良百済」を建国した。
旧領は「古莫那羅百済」と呼ばれた。

[編集] 第3巻
「古莫那羅百済」の混乱に乗じて、新羅が日本国内の政治に介入した。これが大化の改新である。
高句麗の滅亡により、多くの歴史書が失った。これにより朝鮮民族の国史が「歪曲」されることになった。

[編集] 第4巻
山東半島は渤海国の要衝の地で、地方官を派遣していた。そして唐の東方貿易を独占した。
扶余系の契丹族の中から耶律阿保機が頭角を現した。「阿保機」とは、「父」を意味する韓国語「アボジ」である。
1115年、金阿骨打(完顔阿骨打)が皇位に登り、大金帝国と号した。

[編集] 第5巻
倭寇に苦しめられていた高麗は、モンゴル帝国のクビライの要請に応じて、喜んで元寇に馳せ参じた。
270 :大便民国小便民主主義人民共和国[]:2007/07/09(月) 20:29:57 ID:kDAgwByO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E5%8F%B2
[編集] 関連項目
偽史運動
古史古伝
トンデモ本
韓国起源説
韓民族優越主義
韓国百五代天皇尊影画集

[編集] 外部リンク
大朝鮮帝国史(韓国のホームページを日本語で読む)
韓国製トンデモ日本史(国際派日本人養成講座)
271 :マンセー名無しさん[]:2007/07/10(火) 01:02:02 ID:CVnz3cPG
>>260
これか。2000年に入ってからこの分野はすごく伸びたからもうちょっと新しい研究はないものか。
Mol Biol Evol. 2000 Sep;17(9):1396-400.
Genetic structure of a 2,500-year-old human population in China and its spatiotemporal changes.
Wang L, Oota H, Saitou N, Jin F, Matsushita T, Ueda S.
Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, University of Tokyo, Tokyo, Japan.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?Db=pubmed&Cmd=ShowDetailView&TermToSearch=1095885

揚子江の南で北系Y遺伝子と南系ミトコンドリアって話は

遺伝:漢文化が人口移動によって拡散したことを示す遺伝的証拠
Genetic evidence supports demic diffusion of Han culture
Bo Wen, Hui Li, Daru Lu, Xiufeng Song, Feng Zhang, Yungang He, Feng Li, Yang Gao,
Xianyun Mao, Liang Zhang, Ji Qian, Jingze Tan, Jianzhong Jin, Wei Huang, Ranjan
Deka, Bing Su, Ranajit Chakraborty & Li Jin
Nature 431, 302 - 305 (16 September 2004); doi:10.1038/nature02878
http://www.nature.com/cgi-taf/DynaPage.taf?file=/nature/journal/v431/n7006/abs/nature02878_fs.html

【人類学】漢文化、人口移動によって拡散 漢族の南方移動は男性が主役?
http://news16.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1095542435/

って、よく見たら檀君スレか。桓國民って、朝鮮半島じゃなく日本まで渡って来た人たちなんじゃないかと最近思ったりする。
272 :マンセー名無しさん[]:2007/07/26(木) 20:11:35 ID:tuF19YQ6
>>267

蚩尤天皇ってw
273 :マンセー名無しさん[]:2007/08/18(土) 19:49:52 ID:EARv56nO
桓檀古記(日本語字幕付き)
http://www.youtube.com/watch?v=evR-r-YwDWA
http://www.nicovideo.jp/watch/sm142673
どっちも同じ動画
274 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/08/18(土) 23:52:46 ID:/0VfygNK
>>273
堪能しました。「蚩尤天皇」キター!って感じですか。
最初から最後まで「民族」という日本製漢語を使っていて、
ホントに違和感を感じないのかな?と思いました。

映像で紹介されている桓檀古記がどうみてもペン書きなんですけど、
ホントに違和感を(以下略
275 :マンセー名無しさん[]:2007/08/19(日) 14:48:57 ID:UwwAnQ73

桓檀古記・・・表紙をめくったら1行目に

内 容 目 次

って。。。

そんな語句で始まる歴史書なんかねーだろがwww

http://uploader.fam.cx/img/u18509.jpg
276 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/09/03(月) 00:36:50 ID:tuUaaCc5
http://www.chosunonline.com/article/20070902000026
「100年前、「韓民族」は存在していなかった(上)」
「【新刊】アンドレ・シュミット著/チョン・ヨウル訳『帝国の狭間の韓国』(ヒューマニスト)」
http://www.chosunonline.com/article/20070902000027
「100年前、「韓民族」は存在していなかった(中)」
「「独立新聞」は暮れ行く帝国・中国との断絶を強力に主張した。500年もの間、朝鮮は中華秩序に属してきたという事実を誇らしげに認めたが、
今や中国は「世界でもっともおかしな民族」(「独立新聞」1896年6月20日付)として、軽蔑の対象になった。この過程で、
高句麗の将軍・乙支文徳(ウルチムンドク)は華麗な復活を遂げた。隋の煬帝が送り込んだ大軍30万を撃破した乙支文徳は、
「韓国4000年の歴史において最も偉大な人物の1人」だった。申采浩(シン・チェホ)は乙支文徳を称え、
「このように強く勇敢なことが、すなわちわが民族の本性だ!」と述べた。
檀君が民族の始祖と仰がれたのも、この頃からだ。檀君は13世紀の文献『三国遺事』に初めて登場するが、
朝鮮後期までは(古朝鮮の)箕子の陰に隠れ注目を受けなかった。中国の遺民を導いて朝鮮にやって来た箕子は、
中華文明の英傑として敬われた。著者は「檀君の地位が格上げされる過程は、民族という新造語の使用が
増えていく現象と平行して進んだ」と述べた。
檀君と民族を結合させ民族史を拡張させる作業を初めて試みた人物は、「大韓毎日申報」主筆・申采浩だった。
彼は「民族を否定すれば歴史もない」と語った。「歴史は民族なくして存在し得ず、民族は歴史なくして理解され得ないもの」と言う。
「皇城新聞」は1910年8月9日付の論説で、「わが兄弟姉妹は、4000年前に白頭山の神檀樹の下で生まれた民族の始祖・檀君の子孫だ」と宣言した。」
(続く)
277 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/09/03(月) 00:41:02 ID:tuUaaCc5
>>276の続き
http://www.chosunonline.com/article/20070902000028
「100年前、「韓民族」は存在していなかった(下)」
「また、林志弦(イム・ジヒョン)教授は『民族主義は反逆だ』(ソナム)で、韓国の民族主義は市民的公共性が欠如したまま、
民衆の原初的感性に訴えかける神話として機能した、と主張した。」
(引用終了)
ここまで踏み込んで論じながら、「民族」が日本製漢語であることに触れることができないとは。
韓国における民族タブーの強さには驚嘆する。初めて知ったとき、さんはショックだったろうなあ…。
ごめんね、さん。もう少し段階的に書けば良かった。「『民族』って19世紀の新造語なんだよ」とか。
278 :マンセー名無しさん[]:2007/09/12(水) 18:50:28 ID:AYkR9Ocm
ウィキの「韓民族優越主義」についてのページが消されそうだね、誰かコピー
しといた方がよくね?(出来ればうpしてちょ)
279 :マンセー名無しさん[]:2007/09/12(水) 19:35:01 ID:1nHPhHH/
植民地の人というのは、独立しても尚、宗主国の皇帝のイメージ
から逃れられないという話を聞いたが、蚩尤「天皇」
280 :マンセー名無しさん[]:2007/09/12(水) 19:38:09 ID:1nHPhHH/
途中で送信してしまった。。。

蚩尤「天皇」というのは、文字通り日本の天皇とのハイブリッド
なんだろうね。一見民族主義者のようでも、SF歴史物語の中でさえ、
やはり日本という束縛から解放されないとは悲しいものだ。
281 :マンセー名無しさん[]:2007/09/13(木) 07:36:51 ID:d1mDfWGY
いやぁ「韓国百五代天皇御尊影画図」もなかなか痛いですよ
282 :マンセー名無しさん[]:2007/09/14(金) 02:55:03 ID:cjvSu2wO
>>278
とっくに議論は存続で終わってるよ。まあ、記事自体もちょっとむごいが・・
283 :オーロラ花子 ◆QvCC7TtNko []:2007/09/14(金) 03:04:47 ID:EerFfUjr
>>274
「民族」いう言葉を最初に使ったのは南斉書や。
284 :マンセー名無しさん[]:2007/10/04(木) 23:16:01 ID:9hi4F9wF
【韓国】 「4339年 開天節」〜ソウルで記念式典[
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1191417230/

http://world.kbs.co.kr/src/images/news/200710/071003_p02_s.jpg

きょう10月3日は、4339年前に檀君(ダングン)が韓半島に初めて国を建てたこと
を記念する建国記念日の開天節で、3日午前、ソウルの世宗文化会館で記念式典が行われ
ました。

この中で韓悳洙(ハン・ドッス)国務総理は「今、平壌で開かれている南北首脳会談は韓
半島の平和と南北の共同繁栄という大きな道を切り開く新たな道しるべになる」としたう
えで「今回の首脳会談が政治・軍事・経済・文化などあらゆる分野で南北関係を大きく進
展させる契機になるよう政府として今後の対応に最善を尽くす」と述べました。

ソース:KBS(日本語)「4339年 開天節」 ソウルで記念式典
http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_detail.htm?No=28610

関連スレ:【韓国】 檀紀4339年 開天節大祭 [10/03]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1159863967/
【韓国】 10月3日は第4338周年「開天節」韓国と北朝鮮で何が違う?[10/02]2006
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1159805513/
285 :マンセー名無しさん[]:2007/10/05(金) 01:02:38 ID:4HMRvetc
>>283
その民族は今で言う「民族」とは意味が違う。
明治時代に日本人が英語のnationを訳する時に
支那にあった「民族」の字を当てたもの。
当の支那ではすでに「民族」という言葉は廃れ
使われてなかったので、日本から輸入された
新訳「民族」がすんなり使われるようになった。
因に元の「民族」とは簡単に訳すればgroup。
286 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/10/14(日) 22:45:52 ID:fr8XBq3H
これがウリナラ考古学クオリティー。マンセー!!

東アジア+板
【韓国】保存のため水分を取り除くため、オーブンに入れたら灰になった新羅時代の14面体のサイコロ(上)(下)[10/14]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1192356146/

> しかし、このサイコロはもはや存在しない。出土直後、水分を取り除いて保存するため
> 温度が自動調節される特殊オーブンに一晩入れていたところ、温度が高過ぎ、
> 一握りの灰と化してしまったのだ。国立文化財研究所側は、「オーブンに入れて
> 保存処理をする前に、サイコロに紙を当てて実測し、展開図を作っていた。
> これを元に複製品を製作した」と語っている。
287 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/10/19(金) 03:13:20 ID:R4b1J/7m
これがウリナラ美術館クオリティー。ホルホルホル‥‥‥

東アジア+板
【韓国】 国立現代美術館、温・湿度調節不良で作品にかびやひび割れの恐れ![10/16]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1192631883/
288 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/11/11(日) 20:14:08 ID:OIFql2Gx
>>237の番組に英語の字幕を加えた映像が、youtubeで公開されています。
http://jp.youtube.com/watch?v=fuTLAhPV-UM
以下引用
「Accoding to this viewpoint,the Sumerian tribe who established
the Mesopotamian civilization was the Korean race.」
(引用終了。以下日本語訳)
「この観点によると、メソポタミア文明を築きあげたシュメール部族とは
韓国人種であったということになります。」
289 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/11/15(木) 00:46:22 ID:2xH7fR78
「さん」が知ったら怒り狂うニダね。

東アジア+板
【中韓】 熊トーテム神話争奪戦〜根拠のない檀君神話中国起源説[11/14]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1195046057/
290 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/11/20(火) 00:32:44 ID:XJrw6xqV
>>289から引用。訳文の正確さは機械翻訳にかけて確認済み。
「新聞はまたチョン・ジェソ梨花女大教授が、最近ソウルで開かれた学術大会で中国最古の地理書、山
海経を中心にした研究を通じて韓国神話が中国神話の形成に影響を及ぼした、と主張したことに対し
ても「韓国が中国神話を強奪したことに対して中国メディアは驚きを禁じえない」と批判した。」

原文はこちら
http://www.yonhapnews.co.kr/international/2007/11/14/0603000000AKR20071114111900083.HTML

上記の原文を機械翻訳した結果はこちら。長すぎるので、途中で改行しました。
アドレス欄に入力する際は、一行にまとめてください。
http://translate.ocn.ne.jp/LUCOCN/c3/location.cgi?URL=/LUCOCN/c3/hf
.cgi%3fSURL%3dhttp%253A%252F%252Fwww.yonhapnews.co.kr%252Finternational
%252F2007%252F11%252F14%252F0603000000AKR20071114111900083.HTML%26XTYPE
%3d1%26SEARCH%3dT%26SLANG%3dko%26TLANG%3dja&CHECK2=hm

上記の機械翻訳から引用。
「新聞はまた浄財で梨花(イファ)女子大教授が最近ソウルで開かれた学術大会で
中国最古の地図書山海経を中心にした研究を通じて,韓国神話が中国神話の形成に
影響を及ぼしたと主張したことに対しても"韓国が中国神話を強奪して行った
とのことに対して中国媒体らは驚きに耐えない"と批判した。」(引用終了)

おいおい!よりによって、『山海経』かよ!なつかしー!
http://www.geocities.jp/wana_piyon/1066454986.html
詳しくは、こちらで「山海経」という語句を検索されると
爆笑できます。

ねえ?若鮎の少尉殿?
291 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2007/11/20(火) 01:37:51 ID:VY0ILbCk
今日も今日とて‥‥‥

東アジア+板
【韓国歴史】 古代韓国文明がアジア文明の母体〜日・中の源流は韓国人〜『アジア理想主義』[11/17]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1195475761/

【韓国歴史】 古代韓国文明がアジア文明の母体〜日・中の源流は韓国人〜『アジア理想主義』★2[11/17]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1195484990/

> 今までのアジア歴史、特に韓国の歴史は中国と日本に押されて
> 気を広げられない植民地史として知られているが、事実は1万
> 年前にさかのぼると韓民族が中国と日本の根として王族を成し
> て、今日の中国と日本があると考証している。

ウリナラは中国様、日本の源流ニダ!!
ウリナラの歴史は半万年でなく、1万年ニダ!!
10年後には北京原人もネアンデルタールも超えてると思うニダ。
ウェーハッハッハ!!!


>>290 香具山の光 ◆DggDNxLJrs
> ねえ?若鮎の少尉殿?

香具山さんおひさニダ。
少尉って何だか一瞬考えたニダ。誰かがンナを評して「ピラニアの大将」とか何とか
言ったので、「ンナは若鮎ニダ。少尉ぐらいなら拝命してもいいニダ」って言ったん
だったっけ。
292 :縄文 ◆MpJtqvTec2 [sage]:2007/11/20(火) 03:13:07 ID:1EDS0oRc
げげ、こんな時間になってしまった。
ttp://www.geocities.jp/wana_piyon/1066454986.html
あまりに懐かしくて、全部読んでしまったじゃないか......
293 :マンセー名無しさん[]:2007/11/20(火) 17:12:17 ID:u5tOJozq
>>290
山海経なら、日本にもこんなものが。


 天文学は古代中国から起こり、星座や天体の知識がアラブ
商人によって中近東からギリシャやローマに伝えられ、それが
やがて急速にヨーロッパ全体に広がった。

 中国の雲南省に先史時代から居住する少数民族の彝族に、
『彝族天文学史』 という最古の文献があり、そこには原始時代
からの祖先の知識だと書いてある。

 その 『彝族天文学史』 には驚くべきことが記述されている。
なんと、彝族の知識は羌の氏族が基礎を作ったものだというのだ。

この羌氏とは、『山海経』 によれば、「山形県や秋田県出身で、
日本から大陸に渡り、殷(商)の王国を築いた部族である。

その歴史を含めて、日本の歴史や 『風土記』 や伝承を、出羽
出身の姫氏が築いた周王朝で記述したものが 『山海経』 として
漢文に訳された」 という。

 そうなると、世界最古の古代中国の天文学は日本原産である
ことになり、それがアラブ商人、特に大月氏(ソグド人)によって
ギリシャやローマに伝えられ、それが欧州に広がったことになり、
この事を私が第八回のオクスフォード文化天象学会で発表すれば、
世界中から集まった文化天象学者を驚かせること確実である。

                        「文化天象学事始」より
294 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/11/20(火) 23:22:45 ID:cyI0k+4c
>>293
>この事を私が第八回のオクスフォード文化天象学会で発表すれば、
>世界中から集まった文化天象学者を驚かせること確実である。

なんじゃこりゃ?オクスフォードにはあっても、オクスフォード大学とはカケラも関係ないと思われ。

http://kill.g.hatena.ne.jp/xx-internet/20071118/p1
こちらに画像が収録されてある、今年の11月18日の朝日新聞書評欄に載った
『柳生大戦争』(荒山徹 著 講談社)の書評を読んで私は目を疑った!
「高麗仏教界のトップ晦然は、元に抵抗する旗印にするため、日本の神話を参考に、
朝鮮の創世記「檀君神話」を捏造する。(中略)
 捏造された「檀君神話」を盾に、民族至上主義を唱える高官は実にイヤなやつだが、」
(引用終了)
一体全体なにが起きたのか?!朝日新聞!とドキドキしながら最後まで読んで、
ちゃんと日本とアメリカの悪口で終わっているのでホッとすると同時に、伝統芸能の
無理矢理さに感心しました。
295 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2007/11/20(火) 23:31:52 ID:cyI0k+4c
>>292
おひさしぶり。
そのスレの260で私はすでに今西龍「檀君考」所収の「現代の檀君」に
触れてはいるのですが、精読していませんでした。
当時の段階で>>1の引用文をさんに紹介できれば、どれほど議論が盛り上がった
ことだろうと、想像するに、自分の迂闊さが悔やまれてなりません。
この世における人と人との出会いの難しさを痛感します。

さん!今からでも遅くないから、一言感想を書き込んでくれ。
296 :マンセー名無しさん[]:2007/11/21(水) 20:36:15 ID:0gbIyZ95
李岳勲の 『わたしの山海経』 も日本起源説を採ってますね。
まぁ、つまり山海経というのは、如何様にも解釈可能なのです。
297 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs [sage]:2007/11/22(木) 00:21:21 ID:mRPAWVHt
>>296
http://junpin.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/yellow_d0f2.htmlから引用。
「「と学会年鑑 YELLOW」 と学会著 楽工社 読了。」
「明木茂夫氏の「「山海経」は超古代科学文明の記憶?「古代中国のXファイル」を読む?」は
ある中国の「山海経」研究本を紹介するもの。「山海経」の記述は当時実際に存在した高度な
科学文明の記録であり、三皇五帝のひとり、舜は宇宙人で、漢字は宇宙服を着た宇宙人の姿を
表現した象形文字だという。どこにでもぶっ飛んだ人はいるものだ。」(引用終了)

この本持ってます。『破解《山海経》―古中国的X档案』著:丁振宗(中州古籍出版社。01)
という本に関する原稿です。
さあ!みんなも「舜」という字をよく見よう!宇宙服を着て、向かって右の足を踏ん張って
左の足で軽い重力の月面を蹴っている宇宙飛行士の姿が彷彿するはずです。
(スレ違いなのでsageます)
298 :マンセー名無しさん[]:2007/12/09(日) 23:04:48 ID:DH7EhGDz
始皇帝は不老不死を得る為に、今で言う満州辺りに蚩尤を祀った。
299 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/07(月) 23:29:35 ID:oBGgx56k
日本版「太王四神記」公式サイトより引用。
http://www.nifty.com/taiousijinki/myth/myth/01.html
「ドラマ『太王四神記』では、「ファヌン(桓雄)」が神壇樹シンダンスの下で天の力を封印し、
天に戻る際、後世に「チュシンの王」が再び出現し、その封印した天の力を呼び戻すだろう、
という予言を残している。
 この伝説は高句麗(コウクリ)時代まで伝えられ、高句麗の人々が「チュシンの王」を望んでいたということが、
物語の重要な起点になっている。
実際の歴史書にも、ファヌンの話は、古朝鮮の建国神話である「タングン(壇君)神話」に出てきており、
古代国家のほとんどに、このような建国神話が存在するが、高句麗を建国したチュモン(東明聖王)にも建国神話がある。
しかし、ドラマ『太王四神記』で描かれるような、古朝鮮の建国神話と高句麗の建国神話のつながりは、
特に歴史上の事実としては存在していない。
歴史的な事実に基づいてみると、中国の漢武帝により征服された古朝鮮の領土内には、
漢四郡が設置され、古朝鮮は漢の郡県制に編入された。
しかし、その後、領民の抵抗によって三郡は廃止され、最後に残っていた楽浪郡が高句麗に征服されたのだ。
 高句麗が古朝鮮の失われた領土を奪い返した事実を考えると、高句麗が古朝鮮を継いで
朝鮮半島における政治的正当性を持つようになった、といえるかもしれない。」
(引用終了)
「大人の事情」のせいでしょうか?苦しいことになってますな
300 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/15(火) 23:56:32 ID:CmEOk7TL
今日の墓穴掘りはこれだ!数日後に三国遺事の該当箇所を当スレに引用します。
http://www.chosunonline.com/article/20080115000065
「中国の「長白山文化論」に韓国の学者が反論(下)」
「だが、趙法鍾教授は中国側のこうした主張に対し、次のように反論している。
「白頭山」という名称は、すでに8世紀の統一新羅時代初期について記録した『三国遺事』(1281年編集)第3巻の
「台山五万真身」と「溟州五台山宝叱徒太子伝記」に登場し、さらに『高麗史』でも、
高麗の太祖王の系統について説明する「高麗世系」の中で、高麗王朝のルーツを
明らかにする象徴的な意味で使われているという。これに対し「長白山」は、
これよりはるかに後の11世紀の時代状況について記した『遼史』(1344年編集)で初めて登場するというのだ。
また、白頭山周辺地域の文化の主体についても、古朝鮮→扶余→高句麗→渤海と続いたイェ貊系の民族が
約2000年にわたって政治的な主導権を握っていたため、「女真族を中心とする文化圏」とする中国側の主張は正しくないという。
さらに「靺鞨」は高句麗・渤海に属していた運命共同体だった。
また、早い時期に中国に服属したという「粛慎」は、中国側がその子孫だと主張する
「ユウ婁」とは地域的にも血縁的にも結びつきのない種族であり、実際に拠点だった地域も
遼河と山海関(万里の長城の東端)の間のため、白頭山が「中原文化圏」であったという根拠は消滅するという。
一方、山に対する宗教的な崇拝も、白頭山を文殊菩薩信仰と絡めた統一新羅・高麗時代の伝統に由来するものだ、と説明している。」
(引用終了)

いやはや。突っ込み所満載で、しばらく遊べそうです。
301 :マンセー名無しさん[sage]:2008/01/16(水) 10:00:14 ID:ft5DOG8J
文殊菩薩…
302 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/25(金) 00:08:11 ID:0XL86aR6
>>300の続き
で、六興出版『三国遺事』の「台山五万真身」(295ページ)と
「溟州五台山宝叱徒太子伝記」(303ページ)を読んだのだが、
どちらにも”「白頭山」という名称”は出てきません!
そういうオチかい!って半分くらいはそうだろうと予想してましたが。

http://www.nul.pe.kr/history/html/samgukyusa/sam-89.htm
こちらに「台山五万真身」の全文が、
http://www.nul.pe.kr/history/html/samgukyusa/sam-90.htm
こちらに「溟州五台山宝叱徒太子伝記」の全文があります。
どちらにも「白頭山」という名称が登場しないことを確認できます。
303 :マンセー名無しさん[sage]:2008/01/25(金) 01:25:04 ID:1Ac9n/3a
>>302
いや、一箇所づつだけですが、それぞれ名前は出てきます。

http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1196555662/363-
こちらでもちょっと話題に
304 :娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA [sage]:2008/01/25(金) 01:37:31 ID:Q9+PSnKq
>>302 香具山の光 ◆DggDNxLJrsさん
 私の所蔵している朝鮮史学会編『三国遺事』(昭和46年7月 国書刊行会)
を見ますと、59頁に「此山乃白頭山之大脈(原文は[月+永]。脈の異体字」)、
60頁に「五臺山是白頭山大根脈(原文は[月+永])。」とあります。ネット上の
ソースでも、

http://www.buddhist-canon.com/history/T490999b.htm
http://www.buddhist-canon.com/history/T491000a.htm

で確認出来ます。『三国遺事』でいう「白頭山」が本当に現在の白頭山を
指しているかどうかは大いに疑問ですが、「白頭山」という語が『三国遺事』
で2箇所登場することは疑いようもありませぬ。
305 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/25(金) 02:08:14 ID:0XL86aR6
>>304
先生!おひさしぶりでございます。
おそろしいことに、おっしゃる通り私の見落としでした。汗顔の至りです。
該当箇所を六興出版『三国遺事』から引用します。
「宝山が臨終の日に、後日、山のなかで行うべき、国家に役立つ事柄を記録しておいた。
そこではこういっている。
「この山はすなわち白頭山の大脈であって、各台とも真身が常住している地である。」
(299ページより引用)

「五台山はすなわち白頭山の主脈で、各台には真身が常住しているといわれている。」
(304ページより引用)

弁解の余地なし。白衣従軍して出直します。age(て良いのか?)
306 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/25(金) 21:25:51 ID:cXNYiY8w
>>303
遅ればせながら、訂正、感謝いたします。
こちらの韓国観光公社「エリア : 江原道」「五台山(オデサン)国立公園」のサイトにこうある。
http://japanese.tour2korea.com/03Sightseeing/DestinationsByRegions/Depth04.asp?sight=Sightseeing&Sightseeing_ID=313&Address_1=15741&Address_2=15455&konum=1&kosm=m3_1
「五台山は満月台、長嶺台、麒麟台、象三台、知工台の五台をさしてつけられた名前といわれます。」

六興出版『三国遺事』297-298ページを引用します。
「ある日、兄弟いっしょに、五峰を膽礼(礼拝)しようとして登ってみると、
東台の満月山には一万の観音真身が現れており、南台の麒麟山には、八大菩薩を首位とした
一万の地蔵が現れており、西台の長嶺山には、無量寿如来を首位とした一万の大勢至が現れており、
北台の象王山には、釈迦如来を首位とした五百の大阿羅漢が現れており、中台の風慮山、またの名が地慮山には
●(田+比)慮遮那を首位とした一万の文殊が現れていた。」(引用終了)

五台の名前がほぼ完全に一致しますから、ここのことだと断言してよいでしょう。
韓国領内の江原道は大韓民国実効支配地域における東北部ですから、
北朝鮮と中国との国境にあるアノ白頭山とは別物ですね。
では>>305「白頭山の大脈」「白頭山の主脈」とは何を意味するのか?
推測するに朝鮮仏教が存在を想定している架空の聖山の名前で、その「大脈」「主脈」、
つまり一部が現世に顕現したのが五台山である、という意味ではないだろうか。
だから六興出版『三国遺事』巻末の「索引(地名)」に「白頭山」の項目が無く
(現実の地名ではないからね)、だから私も白頭山という名称は三国遺事に登場しないと
錯覚してしまったのではないだろうか(しつこい)。

どなたか中朝国境にあるアノ白頭山の命名の由来をご存知の方はいらっしゃいませんか?
307 :マンセー名無しさん[sage]:2008/01/26(土) 05:55:27 ID:XvzHiWWJ
おいィ?あの山は長白山でしょう?
汚いなさすが朝鮮人汚い
308 : ◆Mx0rNuLLpo [sage]:2008/01/29(火) 23:22:32 ID:nThbLFX5
>>306香具山の光 ◆DggDNxLJrsさん
どうもです。303のレスをした者です。
ちなみに>>303のリンク先のスレッドの>>365を書いたのも実は自分です。
(名無しなのも何なので、昔使ってたトリップだけのコテを引っ張りだしてみました。)


ところで、>>300に関連して、
近代デジタルライブラリーで高麗史を見ながら、
高麗世系の一部を打ち込んでみました。
(打ち込みに誤字等があるかも...句点もいい加減につけたものです)
要するに高麗の初代国王王建の何代か前の先祖である虎景が、
白頭山のあたりからやってきたと最初の方に書いてあります。

金寛毅編年通録云。有名虎景者自号聖骨将軍。
自白頭山遊歴至扶蘇山。左谷娶妻家焉。富而無子。
善射以猟為事。一日与同里九人捕鷹平那山。
会日暮就宿厳竇。有虎当竇口大吼。
十人相謂曰。虎欲啗我輩。試投冠攬者当之。
遂皆投之虎。虎攬虎景冠。虎景出欲与虎闘。
虎忽不見。而竇崩。九人皆不得出。
虎景還告平那郡。来葬九人先祀山神。
其神見曰。予以寡婦主此山。幸遇聖骨将軍。
欲与為夫婦共理神政。請封為此山大王。
言訖与虎景倶隠。不見郡人。
因封虎景為大王立祠祭之。
以九人同亡改山名曰九龍。
虎景不忘旧妻。夜常如夢来合生子曰康忠。


それと検索してて見つけた大まかなあらすぢ。
ttp://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/2goukan/ohter/korea/story4.htm
ほとんど神話と伝説の世界ですね。
309 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/01/31(木) 01:23:50 ID:VOYsBImV
>>308
情報提供感謝します。
文中にある「扶蘇山」がこちらの韓国観光公社のサイトにある
http://cms.japanese.tour2korea.com/03Sightseeing/DestinationsByRegions/Depth04.asp?sight=Sightseeing&sightseeing_id=579&ADDRESS_1=38693&ADDRESS_2=38021&konum=1&kosm=m3_1
忠清南道にある山のことなら、
http://cms.japanese.tour2korea.com/03Sightseeing/DestinationsByRegions/Depth02.asp?Address=38693&konum=1&kosm=m3_1
大韓民国実効支配領域の中央西部ですから、中朝国境にある白頭山とは距離がありすぎるように思いますが、
「高麗」の建国神話なんだからアリかもしれません。

>>306とも関係する話ですが、臨川書店『縮刷東洋歴史大辞典』中巻188ページ「長白山」の項目に
「尚山頂より一千呎附近迄は白色の軽石・石灰岩を以て蔽はれてゐるが、
これ長白山・白頭山等の名称の由来せし所であらう。」(漢字は現行のものに改めた)
とあるので、「白頭山」とは単に「頂上が白い山」の意味だったのかもしれません。

310 : ◆Mx0rNuLLpo [sage]:2008/02/07(木) 22:23:12 ID:1WLaOkQy
>>309
白頭山は頂上が白い山ですか。だとしたら、ある意味自然な命名ですね。
韓国江原道に雪嶽山といふ山があるのですが、
三国遺事に出てくる白頭山は、ひょっとしてこの山の別名だったりして。
いや、別に根拠のない空想ですけれどね。

韓国観光公社による雪嶽山の情報
http://japanese.tour2korea.com/03Sightseeing/DestinationsByRegions/Depth04.asp?sight=Sightseeing&sightseeing_id=311&ADDRESS_1=15741&ADDRESS_2=15211&konum=1&kosm=m3_1


それと、>>308の続きですが、高麗世系をながめてたら、
王建の父親の代の記述にも白頭山の名前が出てきました。
この部分もそのうち入力してみようと思ひます。
311 :マンセー名無しさん[]:2008/02/08(金) 13:50:23 ID:KdOD92JI
朝鮮半島って「吐く父さん」の一部以外は国境が川なんだな。
ありゃ事実上は半島じゃなくて「島」だぜ。
312 :マンセー名無しさん[sage]:2008/02/12(火) 12:28:39 ID:UmDiA7rX
>>311
千葉県に謝れ
313 :マンセー名無しさん[]:2008/02/13(水) 08:51:08 ID:94DPPKk0
必見!
グーグル検索


北朝鮮送金ルート


亀田右翼の正体在日


314 :マンセー名無しさん[sage]:2008/02/18(月) 03:49:58 ID:79aSquKT
>>313
おろかな
315 :マンセー名無しさん[]:2008/03/17(月) 21:37:19 ID:MhWdZyFB
(大田日報)「日本の歪曲した韓国史が正せない現状で中国は東北工程により
韓国史を最初から奪っているのが現実です。それなのに政府はこれと言った
対策を出していません。はがゆい限りです。」

今日の午前11時、大田中区大興洞(テフンドン)452-28番3階で「檀君聖祖
御天大祭」を執り行なう国祖檀君奉安会の金ホウン会長(72)は我々の歴史
教育を最大原因の一つにあげた。

「十人に九人は檀君を神話中の人物の一人と思っています。檀君は地位を
言います。47代まで続いたのです。それ以前の桓因国や桓雄国があった、
に至っては言うまでもありません。これが我が国の歴史教育の現実です。」

18年目の第1代檀君即位日(BC2333年10月3日)である開天節には開天大祭、
お亡くなりになった日(BC2241年3月15日)には御天大祭を祭った金会長は
蚩尤天王に対しても中国の歴史歪曲を指摘した。「蚩尤天王は古朝鮮前の
桓雄国(18代1565年)の第14代慈烏智桓雄を言う。蚩尤天王は中国人たちが
自分たちの始祖と称える軒轅黄帝と琢鹿の野で勝って、彼らに文明を伝えました。」

ところが、中国は司馬遷の史記で「擒殺蚩尤」すなわち「蚩尤を捕まえて殺した」
と書いて歪曲を始め、小学校からこのような教育をさせる、というのだ。私たちの
歴史教育とは対照的ということだ。金会長は教育人的資源部で発行した中学校
(韓国)国史教科書には甚だしくは古朝鮮建国年代(BC2333年)さえ表記しないで、
ただ‘古かった’といった程度の表記をする我々の歴史教育の現実を批判した。

「私たちの根を教育することを、20世紀にはびこった否定的な民族主義と比較
することは過ちです。民族的な自負心なしに世界の舞台に出るとことは危険な
発想です。民族魂は無限の競争に打ち勝つことができる大きな資質だからです。」

ソース:大田日報 金ホウン国祖檀君奉安会長「歴史教育立て直して中国東北工程克服」
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=089&aid=0000138984
316 :マンセー名無しさん[]:2008/03/17(月) 21:38:40 ID:MhWdZyFB

>蚩尤天王は古朝鮮前の桓雄国(18代1565年)の第14代慈烏智桓雄を言う。

>蚩尤天王は中国人たちが自分たちの始祖と称える軒轅黄帝と琢鹿の野で勝って、
>彼らに文明を伝えました。


蚩尤天王の正体が遂に明らかに成りました。
317 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/03/17(月) 23:18:58 ID:6SJeS1hM
>>315
面白いものをありがとうございます。
しかし、この記事には元ネタ「恒檀古記」の題名が出てこないところを見ると、
記者はしがらみにかられてイヤイヤ書いているようにも感じますな。

>それ以前の桓因国や桓雄国があった、に至っては言うまでもありません。
この「桓因国」という表記に大笑い!
三国遺事にあった「垣国」を「垣因」と改竄した!と糾弾された今西龍も
苦笑しているでありましょう。「因国と二字あったのを因一字に改竄したのだ!」
と糾弾されたりして。「桓因国とはインドに渡ってインドラ神と崇められた
我が民族の始祖の治めた偉大なる国家にして」とか?

一応、機械翻訳したものを貼っておきます。改行を無視してアドレス欄にコピペすれば見れます。
http://translate.ocn.ne.jp/LUCOCN/c3/location.cgi?URL=/LUCOCN/c3/hf.cgi%3fSURL%3dhttp%253A%252F%252F
news.naver.com%252Fmain%252Fread.nhn%253Fmode%253DLSD%2526mid%253Dsec%2526sid1%253D102%2526oid%253D0
89%2526aid%253D0000138984%26XTYPE%3d1%26SEARCH%3dT%26SLANG%3dko%26TLANG%3dja&CHECK2=hm
>その以前のファンイン国とファンウン国があったとのことは言うまでもないよ。
とありますな。
318 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2008/04/15(火) 01:35:02 ID:fvpHgDRD
10年後にはこれ(↓)が「史実」になるニダ。

東アジア+板
【書籍】 「ウリナラ三国志」著者イム・ドンジュ「韓民族のアイデンティティ求めて書きました」[04/13]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1208179708/
319 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs [sage]:2008/04/18(金) 14:15:44 ID:a1V1yOT9
>>318
まあ日本の南総里見八犬伝だって三国史演義が元ネタですから、ってアレを
史実だと思っている人はいないか。

>海でおぼれて死のうが、川でおぼれて死のうが、死んだことには違わないのに、どうしてそんなに熱
>くなるのか疑問を持つ人もいるだろう。しかし、植民史学者たちの主張どおり楽浪郡が朝鮮半島平安
>道にあったら高句麗軍が貫那婦人を西海に連れて行くことはできなかったはずだ。

この辺が虚実ギリギリの向こう側にはみ出てしまっていますな。
というわけでお久しぶり。以下引用。
320 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/04/18(金) 14:40:37 ID:a1V1yOT9
「別冊歴史読本 特別増刊《これ一冊でまるごとわかる》シリーズ2
「古史古伝」論争」(新人物往来社)399ページより
「韓国における古代史論争と『揆園史話』『檀奇古史』『桓檀古記』」
(趙仁成 慶南大学校史学科副教授  翻訳/舘野皙)を引用します。

「しかし在野史学者たちは、『揆園史話』『檀奇古史』『桓檀古記』が、
民族主義的色彩の強い歴史書だと主張してきた。けれどもこの意見に対しても
大きな疑問をもたざるを得ない。現に『揆園史話』と関連のある檀君教は、
日帝下で激しい独立運動を展開した大倧教とははっきりとした違いがある。
檀君教は韓日合邦を積極的に推進した親日派らを受け入れたが、これは日帝から
檀君教に対する公認を得て教勢を伸長させるためだった(李康五「檀君信仰の実態分析」
『精神文化研究』三二、一九八七年)。つまり檀君教は「親日的檀君信仰団体」だったのである。」
(引用終了)
うわ。言い切られてますな。
著者の論文の日本語訳には
「『揆園史話』と『桓檀古記』の史料価値について」(『東アジアの古代文化』一九九〇年冬、六二号)
というのがあるそうです。
321 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/04/18(金) 14:52:00 ID:a1V1yOT9
韓国語の機械翻訳によるとこう。
http://j2k.naver.com/j2k.php/japanese/munbba.egloos.com/
「揆園史話, 大地に 立つ
メシックサムゴル 中 1人である チョ・インソン 教授は 次と ような 発言を 残した.
(戦略) だけ なく これら 三書は 民族主義的な 性向が 強い ので よく 知られて あるが,
実際では そうでも ない ので 現われて ある. それらは 日帝時期 親日的 檀君信仰団体だった
檀君校と ある種の 関連を 結んで あると する. 「揆園史話」と 「桓檀古記」の 内容に
大韓 分析に よれば それらは 独立された 民族 国家の 争取を 副次的な ので 報告,
日製と 妥協を 模索しようとする 立場(入場)で使われたという 疑いが 濃いと する. 15)
15) チョ・インソン,「『揆園史話』と 『桓檀古記』」, 『韓国史 市民講座』 2, 1988 科 朴光用,
「大宗教 関連 文献 偽作 多い 『揆園史話』と 『桓檀古記』の 性格に 大韓 見直し 」,
『歴史批評』1990年 秋号 など 参照.
チョ・インソン, <麺注意史学と 現代の 韓国史学>, 韓国史市民講座 20, 1997
すなわち 揆園史話と 捏造肉, 短期考査が 皆 檀君校 II 義 産物という 推測だ.」(引用終了)

「揆園史話, 大地に 立つ」。って立ったところはスペーコロニーで大地じゃないよ!とか
そういうオチ?
322 :マンセー名無しさん[sage]:2008/04/18(金) 17:24:05 ID:W6ml8heK
檀君なんて、韓国ピテカントロプスの脳内妄想だからね。
その証拠は、「理想の指導者は?」って聞かれた、酋長とアキヒロの答え。
2人とも、「イエスキリスト」。 えっ、何で「檀君」じゃないの (@@)

2人の心の声
   ↓
だって、檀君なんて、韓国ジャワ原人の、発狂妄想ニダ・・・・・。
韓国とは、関係ないニダよ。
323 :マンセー名無しさん[]:2008/04/25(金) 12:34:55 ID:/yZSG50j
>>321
お前資料持ってるんだったら、垂れ流すだけじゃなくてまとめサイト作れ。
もうそれくらいの責任はお前あるぞ。
作ってあったならすまんが。
324 :香具山の光 ◆DggDNxLJrs []:2008/04/25(金) 13:26:48 ID:wwrOLtDu
>>323
あ、やっぱり?(苦笑)
でもウェブに関してはど素人でね。
作るにしても先の話になります。
引用元はすべて明記してありますし、
引用の正確さは確認済みなので、
このスレからコピペして
どなたかがサイトを構成しても
私は一向にかまいませんよ。
というより大歓迎します。
325 :マンセー名無しさん[sage]:2008/04/25(金) 14:35:37 ID:cfGww43H
檀君が釈迦より先に居たってのは、時系列的におかしいだろw
326 :ユソ・ンナ ◆z0GjsAvLW2 [sage]:2008/04/30(水) 22:50:46 ID:ps+5T0r2
今日も今日とて‥‥‥

東アジア+板
【韓国】宝物指定されていた尹奉吉義士遺品中の写真や親筆額縁が”コピー”だった[04/29]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1209530719/

37 <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん New! 2008/04/30(水) 14:12:08 ID:oQMsblMW
仮に、本物だとしても「連行されるテロリストの写真」が国宝って恥ずかしくないのか?

51 Free Tibet! (´・ω・`)東亜書院文庫 ◆zFA96ufxsY sage New! 2008/04/30(水) 14:23:48 ID:3Apl6XZA
もう驚かない自分がいる件について…

90 <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん sage New! 2008/04/30(水) 15:33:33 ID:vPW/aevb
たった70年前の日本の新聞のコピーが国宝wwwwwwwwwwwww
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腹痛えwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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